定金を返したのに、同じ額をもう一度払うよう命じられた家主がいます。台北地方法院113年度簡上字第219号判決の事案で、簡易事件の第一審判決に対する家主の控訴を、同じ地方法院の合議体が2026年1月21日に棄却しました。判決文には、この判決に対して上訴できないと記されています。
借り手側は台北のある建物の1階を借りることにし、家賃1か月分にあたるNT$88,000を定金として振り込んでいました。家主の妻から鍵を受け取り、内装業者に壁の塗装と木工を始めてもらっています。契約書への署名と公証は、まだこれからでした。そこへ2022年12月12日、家主の妻からメッセージが届きます。家族が使うことになったので貸せない、受け取ったお金は返す、という内容でした(判決文)。
部屋を押さえるために払った定金は、契約書を交わす前に話が流れると、そのまま返ることもあれば、家主の手元に残ることも、倍になって返ることもあります。台北と基隆の裁判所はこうしたお金にも民法第249条を類推適用し、契約がどちらの責めに帰すべき事由で流れたのかによって結論が分かれました。当事者が別に取り決めていれば、そちらが先に適用されます。
公証が済んでいなかった台北の事案
民法第248条は、契約当事者の一方が相手方から定金を受け取ったときは、契約が成立したものと推定します。あくまで推定です。第166条は、契約を一定の方式で行うと約束していた場合、その方式が済むまでは契約は成立していないものと推定します。
台北の事案で借り手側は第248条を根拠の一つに挙げましたが、裁判所は、双方が賃貸借契約を公証すると約束し、その公証が済んでいない以上、賃貸借契約が成立したとは認めにくいと判断しました。そのうえで、物件、月額NT$88,000の家賃、家賃2か月分の押金といった必要な事項では意思が一致していたとして、本契約を結ぶことを約する予約(預約)は成立していたと認めています(判決文)。
家主はこのお金を「押金の前払い」と呼んでいました。裁判所は、公証して本契約を結ぶ前に渡されたお金であることから、本契約の成立を担保する「立約定金」にあたると判断しています(判決文)。退去時の押金の精算は台湾の賃貸で押金が返ってこないで、内見前にお金を求める偽の貸主は台湾の賃貸で「内見前に保証金を」と言われたらで扱っています。
返るのか、失うのか、倍になるのか
当事者に別段の定めがないとき、民法第249条は定金の扱いを四つに分けています。
| 契約がどうなったか | 定金の扱い |
|---|---|
| 契約が履行された(第1号) | 返還するか、給付の一部に充てなければならない |
| 払った側の責めに帰すべき事由で履行できなくなった(第2号) | 返還を請求できない |
| 受け取った側の責めに帰すべき事由で履行できなくなった(第3号) | 受け取った側が倍額を返さなければならない |
| どちらの責めにも帰すべきでない事由で履行できなくなった(第4号) | 返還しなければならない |
条文が想定しているのは、契約を履行できなくなった場面です。では、契約書を交わす前ならどうなるのでしょうか。台北の判決は最高法院93年度台上字第441号判決を引き、本契約が成立していなくても立約定金には第249条を類推適用すると述べました(台北の判決)。基隆の判決は、最高法院96年度台上字第2565号判決の趣旨を引いて、もっと端的に述べています。別段の定めがなければ、立約定金を払った側が本契約を拒んだときは返還を請求できず、受け取った側が拒んだときは倍額を返さなければならない、というものです。
数字に置き換えてみます。日本から赴任した家族が、家賃NT$40,000の部屋を押さえるためにNT$20,000の定金を払ったものの、家主が親族を住まわせることにして契約が流れた場合です(架空の例です)。別段の定めがなく、家主側の責めに帰すべき事由と認められれば、倍額のNT$40,000を請求できます(第249条第3号)。家族の側の責めに帰すべき事由なら返還は求められず(第2号)、どちらの責めにも帰すべきでなければNT$20,000が返ります(第4号)。
台北の事案:家族が使うという一通のメッセージ
裁判所は、家族が使うことになったという12月12日のメッセージの内容から、本契約を結べなかったのは家主側の責めに帰すべき事由によると認めました。第249条第3号を類推適用すると、家主は受け取ったNT$88,000の倍額、NT$176,000を返さなければなりません。すでに返したNT$88,000を差し引き、残りはNT$88,000です(判決文)。
家主の反論は二つありました。一つは、一定の期間内に公証人の前で契約できなければ、どちらの責任であっても受け取った額だけを返すという特約を結んでいた、という主張です。借り手側は否定しました。証明はありませんでした。もう一つは、借り手側が12月11日に無断で立ち入って塗装をしたために契約を結べなくなった、という主張です。裁判所は内装業者の証言をもとに、鍵が返されるまで家主側は工事を知りながら反対していなかったと認めました。「署名と公証を済ませてから工事を」というメッセージが交わされたのは鍵を返した12月8日になってからで、その後に再び立ち入った証拠もありません。この主張も退けられました(判決文)。
基隆の事案:連帯保証人で止まった契約
逆の結論になった事案もあります。基隆地方法院基隆簡易庭の114年度基小字第407号少額訴訟判決(2025年4月29日)です。借主になる予定だったのは原告の父親です。原告は仲介業者と内見した翌朝、定金NT$6,000を振り込みました。契約書のひな形を見せてほしいと頼んだのは、振込みのおよそ2時間後です。条件も知らないまま払ったこのお金を、裁判所は賃貸借契約の成立を担保する立約定金と判断しました。
その後、家主は仲介業者を通じて、契約には保証人が要り、保証人が来られないなら保証書を用意してほしいと伝えました。仲介業者は家主に、変更点は署名の日に話し合えばよいと応じています。家主側の説明では、署名の日に来たのは父親だけで、原告は電話で連帯保証人欄への署名を断りました。続く経緯も家主側の説明によるものですが、こちらは原告も争っていません。まず、父親が家賃1年分を前払いすれば連帯保証人は要らないという話になったものの、父親はお金を引き出したあとで翻意しました。次に、原告が名刺・身分証番号・戸籍地住所を渡せばよいという話になり、原告は名刺を送りましたが、結局は契約しないと言いました。原告は、家主が土壇場で条件を変えたとして、倍額のNT$12,000を請求しました(判決文)。
裁判所は二つの場合に分けて考えました。署名の日に保証人に代わる条件で合意していたのなら、契約が流れたのは原告が結局契約を拒んだからです。合意がなかったのなら、連帯保証人が必要かどうかについて、原告と家主は契約前に一度も意思が一致しなかったことになります。どちらにしても家主の責めに帰すべき事由にはあたりません。請求は棄却され、訴訟費用NT$1,000も原告の負担になりました(判決文)。
この判決が判断したのは第249条第3号による倍額の請求だけで、NT$6,000そのものが返るのか(第4号)、家主が手元に残せるのか(第2号)には触れていません。判決文の末尾には、不服申立ての方法も書かれています。上訴できるのは判決が法令に違反していることを理由とする場合に限られ、送達から20日以内に同じ法院へ上訴状を出さなければなりません。審理するのは同院の合議体です。台湾に保証人を頼める人がいないなら、保証人が要るかどうかは定金を払う前に確かめておくほうが安心です。
先に払った内装費
民法第245条の1第1項第3号によると、契約が成立しなかった場合に、準備や交渉の過程で明らかに信義誠実に反する方法をとった当事者は、過失なく契約の成立を信じて損害を受けた相手方に賠償責任を負います。この請求権は2年間行使しないと消滅します(同条第2項)。台北の裁判所はこの規定で内装の人件費NT$7,500を認めました。家主が追加で払う額はNT$95,500となり、これに年5%の遅延利息が付いています(判決文)。
ビザや辞令が変わったら
第249条の四つのルールは、当事者に別段の定めがないときに適用されます。ビザが下りない、辞令が変わったといった理由で借り手が契約をあきらめた場合、それを払った側の責めに帰すべき事由(第2号)とみるか、どちらの責めにも帰すべきでない事由(第4号)とみるかは争いになり得ます。二つの判決は、この点までは判断していません。定金を払うときに、そうなった場合のお金の扱いをメッセージで取り決めておけば、証明できる限り、その取り決めが四つのルールより先に適用されます。台北の裁判所が責任の所在を判断した根拠も、12月12日に届いた一通のメッセージでした。
台湾の弁護士に頼めること
弁護士には、振込記録や領収書、メッセージを読んで、払ったお金が定金なのか、家賃の前払いなのか、押金なのかを整理し、「受け取った額だけ返す」といった取り決めがあったかどうかを確かめてもらえます。メッセージを時系列に並べ、契約がどちらの事情で止まったのかをまとめたうえで、民法第249条による返還や倍額返還、第245条の1による内装費などの損害を求める存證信函を送ることもできます。家主や仲介業者との交渉、少額訴訟・簡易訴訟の訴状作成と出廷も依頼できます(台湾で10万元以下の未払い金を訴えるとき)。結果がどうなるかは、残っている証拠と裁判所の判断次第です。
昊鼎国際法律事務所は台北市大同区承徳路一段35号7F-2にあります。定金についての相談はwei@hoveringlaw.com.twへメールでお寄せいただけます。振込記録と、契約を見送ることになった経緯がわかるやり取りの画面を添えてください。
参考にした公的資料
- 台湾 民法 第166条、第245条の1、第248条、第249条(全国法規資料庫。法律全体の最終改正日2026年8月17日時点の現行条文)
- 台湾台北地方法院 113年度簡上字第219号 民事判決(2026年1月21日)、司法院裁判書検索
- 台湾基隆地方法院基隆簡易庭 114年度基小字第407号 少額民事判決(2025年4月29日)、司法院裁判書検索
確認日:2026年10月19日
よくある質問
- 家主から「家族が使うことになった」と言われ、定金だけ返されました。それ以上は請求できませんか?
- 当事者間に別段の定めがなく、契約を結べなかったのが家主側の責めに帰すべき事由によるものであれば、倍額を請求できます。台北地方法院113年度簡上字第219号判決は、契約書を交わす前に払った定金に民法第249条第3号を類推適用し、家主がすでに返したNT$88,000を差し引いて、さらにNT$88,000の支払いを命じました。家主が主張した「どちらの責任でも受け取った額だけを返す」という特約は証明されませんでした。
- 家主に連帯保証人を求められ、結局署名しませんでした。倍額を請求できますか?
- 基隆地方法院基隆簡易庭の114年度基小字第407号少額訴訟の事案で、借主になる予定だったのは原告の父親で、定金を払って訴えたのは原告でした。判決は、保証人の条件で合意がなかったとみる場合も、代わりの条件に合意した後で原告が契約を拒んだとみる場合も、家主の責めに帰すべき事由ではないとして、倍額返還の請求を棄却しました。この判決は倍額の請求だけを判断し、定金NT$6,000そのものが返るかどうかは扱っていません。当事者の取り決めや事実関係によって、結論は変わり得ます。
- 契約前に始めた内装工事の費用も請求できますか?
- 民法第245条の1第1項第3号は、契約が成立しなかった場合に、準備や交渉の過程で明らかに信義誠実に反する方法をとった当事者が、過失なく契約の成立を信じて損害を受けた相手方に賠償責任を負うと定めています。この請求権は2年間行使しないと消滅します(同条第2項)。台北の判決は、家主側の責めに帰すべき事由で契約が流れた事案で、この規定により内装の人件費NT$7,500の賠償を認めました。
この記事は一般的な情報提供を目的としたもので、個別の事案についての法的助言ではありません。



