支給は6月、退職は5月末。台湾の半導体関連メーカーに直接雇用された日本人エンジニアが、日本に戻るためにこの日程を選びました(架空の例です)。前年度の業績に応じた「員工酬勞」は、その6月に支給されます。社内の分配規程には「支給日に在籍する従業員を対象とする」とあります。前年は丸一年働きました。それでも、まったく出ないのでしょうか。
前年の12か月分と、今年の5か月分
6月の員工酬勞は、会社法第235条の1に基づき、定款で定めた利益の定額か比率を原資に(累積損失があれば先に補填します)、取締役の3分の2以上が出席し出席取締役の過半数が賛成した取締役会で株式か現金かを決め、株主総会に報告して支給されるものです。支給日に在籍しない人を外すかどうかは、この条文には書かれていません。
争いになったとき、先に効いてくるのは推定です。前年までに受け取ってきた員工酬勞や賞与が、労働関係に基づいて会社から受け取った給付だと示せれば、労働事件法第37条によって労働の対価と推定されます。反証するのは会社の側です。
推定が指している「労働の対価」は、労働基準法第2条第3号が定める賃金の中身でもあります。同号は、労働の対価として受ける報酬を賃金とし、賞与や手当でも、呼び名にかかわらず経常的に支給されるものを含めます。一方で施行細則第10条は、紅利、年末賞与、競技賞与、特別功績賞与のような経常的でない賞与を、経常的給付から除いています。台北地方法院の第一審判決(114年度労訴字第257号、2026年3月25日)では、同じ会社が払ったお金でも、手当と賞与で結論が分かれました。この判決が確定したことは、その後の同法院の訴訟費用の裁定に記されています(駐在手当と賞与が退職時の計算にどう入るか)。
賃金だとされれば、第22条により全額を本人に直接払うのが原則です(法令に別段の定めがあるか、労使が別に約定した場合は除きます)。前年の12か月の働きに対する分を、5月末に辞めたというだけで消してしまう在籍条項は、ここで正面から争点になります。恩恵的な給付と判断されれば、向きは逆です。会社が決めた支給条件が議論の出発点になります。
では、今年1月から5月末までの5か月分はどうでしょうか。労働基準法第29条は、決算で利益が出た会社に、税と欠損の補填、配当と積立金を除いた後、「一年を通じて過失なく働いた労働者」へ賞与か利益配分を与えるよう求めています。前年を丸一年働いたこの人は、過失がなければこの範囲に入ります。条文に金額や計算方法はありません。今年の5か月では「一年」に届かず、按分するかどうかは契約と分配規程しだいです。
5月末の退職と資遣費
帰国のための退職は自己都合なので、原則として資遣費(解雇手当)は出ません。会社の側に原因があれば話が変わります。約束した報酬を払わないとき(第14条第1項第5号)や、契約・労働法令に違反して労働者の権益を損なうおそれがあるとき(同第6号)、労働者は予告なしに契約を終了でき、資遣費の規定も準用されます(同条第4項)。二つのうち期限が付くのは第6号です。その事情を知った日から30日以内、会社の違反で損害が生じたときは損害の結果を知った日から30日以内に終了しなければなりません。自己都合でも資遣費が出る場合は自己都合でも資遣費が出る場合と30日の期限にまとめています。
会社のほうが先に動くこともあります。5月末を待たずに、第11条の事由(業務縮小、職務不適格など)で解雇される場合です。会社は勤続年数に応じて最長30日前に予告するか、その期間の賃金を払います(第16条)。資遣費は、専門業務に就く外国専門人材なら、2026年1月1日から労工退職金条例(勞工退休金條例)の新制度で計算します(外国専門人材招致及び雇用法第24条)。勤続1年ごとに平均賃金0.5か月分、上限6か月分です(同条例第12条)。旧制度の継続を書面で選んだ人、同条例第7条と同法第24条のどちらの対象にもならない人、新制度に移る前の保留年数(同条例第11条)には、労働基準法第17条の1年ごとに1か月分で計算します。
平均賃金は、計算事由が生じた日の前6か月間に得た賃金の総額を、その期間の総日数で割った額です(第2条第4号)。労働部の案内は、この6か月に入れるかどうかを支給日ではなく、その期間の労働で得た報酬かどうかで判断するとしています(労働部の問答)。6月に支給される員工酬勞も、支給日が退職後だというだけで外れるとは言えず、どの期間の働きに対する分かが問われます。
退職日に権利が確定していない株式
株式で受け取る報酬は、まず誰の株かで分かれます。台湾の会社が自社株を出す場合、定款で定めれば、員工酬勞の株式や従業員向けの新株予約権(員工認股權憑證)の対象を、一定の条件を満たす支配会社・従属会社の従業員にまで広げられます(第235条の1第5項、第167条の2第3項)。こちらは台湾の会社法と社内規程で読む話です。
外資系の台湾法人に勤め、日本や米国の親会社からRSUやストックオプションを受けている人は、付与契約書の権利確定日を5月末と並べてみることになります。5月末より後に確定する予定だった分を、台湾の労働法で取り戻せるでしょうか。手がかりは台湾法人の側の書類です。台湾法人自身が株式の付与を書面で約束していたか、給与明細に株式の価値が計上されていたか。労働事件法第37条の推定は「雇用主から」受け取った給付についての規定なので、親会社だけが約束した株式にそのまま当てはまるとは限りません。退職による失効の定めも、国外の準拠法や管轄の定めも、たいていは親会社のプランの側にあります。
税については、所得税法第14条が賞与と紅利を給与所得の収入に含めています。親会社の株式報酬の課税時期は外国親会社のストックオプション・RSUと台湾の所得税をご覧ください。
6月の支給日を台湾で待つなら
どの許可で働いていたかが、6月の支給日まで台湾で待つときに効いてきます。就業金卡は、本人が移民署に申請する、就労許可・居留ビザ・居留証・再入国許可を一枚にしたカードで(外国専門人材招致及び雇用法第9条)、国家発展委員会の就業金卡FAQは、有効期間内は自由に求職・就職・転職できると案内しています。会社が申請した通常の就労許可は扱いが異なります。5月末で雇用関係が終われば廃止され(就業服務法第73条第3号)、6月まで残って会社と話を続けるなら、その許可を前提にした在留をどうするかが問題になります。台湾子会社での就労許可の流れは台湾子会社に採用される日本人エンジニアの就労許可で扱いました。
帰国後の転職と競業避止の補償
日本で同じ業界の会社に移るなら、台湾の会社と結んだ競業避止の約定が気になるところです。退職の手続で渡された約定書に、これまで在職中に受け取ってきた員工酬勞や業績賞与が競業避止の対価を含むと書かれていたらどうでしょうか。労働基準法第9条の1第2項は、在職中に受け取った給付を合理的な補償に数えないので、この一文では補償の要件を満たせません。補償にあたるのは退職後に払われるお金で、一括の前払いか毎月払いで約定します。1か月あたりの補償額が退職時の平均賃金1か月分の50%を下回らないことが、判断要素の一つです(施行細則第7条の3)。
補償を含む四つの要件は、一つでも欠ければ約定が無効になります(第9条の1第3項)。要件ごとの見方は台湾で退職後の転職を制限されたらで説明しています。
日本から請求するときの入口
6月を過ぎても支給がなく、日本に戻ってから台湾で請求することもあるでしょう。窓口は二つあります。地方政府の労働局に申し立てる労使紛争の調解と、裁判所の労働調解です。労働事件法第16条は、一部の例外を除いて、労働事件は訴訟の前に裁判所の労働調解を経ることを原則とし、いきなり訴えても調解の申立てとみなします。二つの違いは労働局の調解と裁判所の労働調解の違いで比べています。
台湾の弁護士に依頼できること
出国の日が決まった段階で頼めるのは、就労許可が切れた後の在留をどう扱うかの整理、退職届に書く日付と理由の検討、それに分配規程・労働契約・株式報酬プランを並べて、在籍条項と競業避止条項がこの日程でどう働くかを読むことです。日本に戻った後も、会社に送る請求書面、労働局の調解や裁判所の労働調解・訴訟の代理、その前提になる未払いの員工酬勞が賃金にあたるかについての意見書を任せられます。ご相談は wei@hoveringlaw.com.tw へ。昊鼎国際法律事務所の台北事務所は、台北市大同区承徳路一段35号7階の2(臺北市大同區承德路一段35號7樓之2)にあります。
5月末の退職日には、6月の員工酬勞はまだ振り込まれていません。日本に持ち帰れるのは、前年までの給与明細と、員工酬勞がいつ、どの名目で入金されてきたかの記録です。賃金かどうかを争うとき、最初に出す材料はそこにあります。
参照した資料
確認日:2026年10月27日。
- 労働基準法(勞動基準法)第2条、第9条の1、第11条、第14条、第16条、第17条、第22条、第29条
- 労働基準法施行細則第7条の3、第10条
- 労働部(勞動部)よくある質問:特別休暇の未消化日数の賃金と平均賃金(2017年1月11日公表)
- 会社法(公司法)第167条の2、第235条の1
- 労働事件法(勞動事件法)第16条、第37条
- 就業服務法第73条
- 外国専門人材招致及び雇用法(外國專業人才延攬及僱用法)第9条、第24条、沿革(2025年9月24日全文改正公布、行政院令により2026年1月1日施行)
- 労工退職金条例(勞工退休金條例)第7条、第11条、第12条
- 所得税法第14条
- 国家発展委員会 就業金卡FAQ
よくある質問
- 台湾で解雇されたら、資遣費は勤続1年ごとに1か月分ですか。
- 専門職の就労許可で働く外国専門人材は、2026年1月1日に施行された外国専門人材招致及び雇用法第24条により労工退職金条例の新制度の対象で、資遣費は勤続1年ごとに平均賃金0.5か月分、上限6か月分です(同条例第12条)。施行前から同じ会社に勤め、施行日から6か月以内に書面で旧制度の継続を表明した人や、新制度の対象にならない外国人は、労働基準法第17条の1年ごとに1か月分です。
- 補償の定めがない競業避止条項にも従わなければなりませんか。
- 労働基準法第9条の1は、正当な営業上の利益、営業秘密に触れる職務、期間・地域などの合理的な範囲、合理的な補償の四つをすべて満たすことを求め、一つでも欠ける約定は無効と定めています(同条第3項)。補償の定めがなければ、この要件を欠くことになります。
- 台湾の会社を辞めたら、就労許可はどうなりますか。
- 雇用主が申請した外国人の就労許可は、雇用関係の終了によって廃止されます(就業服務法第73条第3号)。本人が移民署に申請する就業金卡は、就労許可・居留ビザ・居留証・再入国許可を一枚にしたもので(外国専門人材招致及び雇用法第9条)、特定の雇用主に結び付いていません。
この記事は一般的な情報提供を目的としたもので、個別の事案についての法的助言ではありません。



