台湾で会社と解雇や賃金の未払いを争うとき、訴訟の前に法律が原則として求めているのは、裁判所で行う労働調解です。労働局の調解は、訴訟の前提になっていません。
話し合いで解決する手続は二つあります。一つは労資争議処理法(勞資爭議處理法)に基づき、直轄市や県・市の労働行政の主管機関(この記事では「労働局」と呼びます)が行う調解です。もう一つは労働事件法(勞動事件法)に基づき、裁判所の労働法廷が行う労働調解です。名前は似ていますが、進め方も、まとまったときの効力も違います。
訴訟の前に原則として必要なのは裁判所の労働調解
順序を決めているのは、労働事件法第16条です。労働事件は、訴えを起こす前に裁判所の労働調解を経なければなりません(同条第1項)。例外は二つあります。一つは、民事訴訟法第406条第1項第2号・第4号・第5号に当たる場合で、他の法定の調解機関で調解が成立しなかったとき、反訴を起こすとき、相手方への通知を公示送達か国外送達にしなければならないときです。もう一つは、性別平等工作法第12条が定める職場でのセクシュアルハラスメントから生じる争いです。例外に当たらない事件で直接訴えを起こしても門前払いにはならず、労働調解の申立てがあったものとみなされます(労働事件法第16条第2項)。
ここでいう労働事件には、労働法令、労働契約、就業規則などから生じる権利義務の争いのほか、職業災害、就業差別、競業禁止など労働関係から生じる不法行為の争いも含まれます(第2条)。
一方、労資争議処理法が扱う争いはもう少し広く、法令や契約に基づく権利義務の争い(権利事項)に加えて、労働条件を維持するか変えるかをめぐる争い(調整事項)も含みます(第5条)。賃上げや手当の新設を求めるような調整事項の争いは、権利義務の争いではないため、裁判所の労働調解の対象にはならず、労働局の調解や仲裁で扱われます(労資争議処理法第7条第1項)。この場合の労働者側の当事者は労働組合で、組合に入っていなくても当事者になれるのは、同じ主張をする労働者が10人以上いるとき、または従業員10人未満の事業所で同じ主張をする労働者が3分の2以上いるときです(同条第2項)。
労働局の調解が不成立に終わった事件は、裁判所の労働調解を経ずに訴えを起こせます。第16条の例外のうち、民事訴訟法第406条第1項第2号(他の法定の調解機関で調解が成立しなかった場合)に当たるためです。それでも裁判所の労働調解で話し合いたいときは、起訴前に申し立てられます(労働事件法第16条第3項)。この場合、第22条第3項により、裁判官は「已經其他法定調解機關調解未成立」、つまり他の法定の調解機関で調解が成立しなかったことを理由に、申立てを却下できません。
労働局の調解は早く始まる
労働局の調解は、労働者が働いている場所の主管機関に申立書を出して始まります(労資争議処理法第9条)。会社側から申し立てることもできます。申立書には当事者、調解を求める事項、調解の方式を書きます(第10条)。
方式は、調解人1人に任せるか、3人または5人の調解委員会を組むかを申立人が選びます(第11条、第13条)。調解人を選んだ場合、主管機関は申立書を受け取ってから3日以内に調解人を指名し、調解人は指名から7日以内に調解を始め、始めてから10日以内に調解案を作ります(第12条)。条文どおりに進めば、申立てから3週間ほどで調解案が出る計算です。速さが持ち味です。
調解委員会を選んだ場合は、委員の選定から14日以内に委員会を組んで会議を開き(第15条)、調査を担当する委員が10日以内に調査結果と解決案を報告し、委員会はそれを受け取ってから15日以内に会議を開きます(第16条)。この方式では、会社側と労働者側がそれぞれ委員を1人ずつ選べます。
第20条により、どちらかが調解案に同意しなければ調解は不成立です。委員会の会議に委員が2回続けて過半数そろわなかったときや、調解案を作れなかったときも、不成立とみなされます(第21条)。
双方が調解案に同意して調解記録に署名すれば、調解は成立します(第19条)。成立した調解は当事者間の契約とみなされ(第23条)、相手が支払わなければ、裁判所に強制執行を許す裁定を求めることができます。裁判所はこの申立てを7日以内に裁定し、裁判費と執行費は当面納めなくて構いません(第59条)。
調解、仲裁、裁決の手続が続いている間は、会社はその争いを理由に労働契約を終わらせたり、労働者に不利な扱いをしたりできません(第8条)。労働者側にも制限があり、その争いを理由にストライキなどの争議行為はできません。
裁判所の労働調解が成立すれば、確定判決と同じ効力になる
裁判所の労働調解は、労働法廷の裁判官1人と労働調解委員2人でつくる労働調解委員会が行います(労働事件法第21条)。最初の期日は原則として申立てから30日以内に指定され(第23条)、特別な事情がなければ3か月以内、3回の期日で終えることになっています(第24条)。提出の期限もあります。原則として、事実と証拠は2回目の期日が終わるまでに提出しなければなりません(同条第2項)。委員会は双方の言い分を聞いて争点と証拠を整理し、訴訟になった場合の見通しを適宜示すことになっています(同条第3項)。会社と労働者が合意すれば、解決のための条項そのものを委員会に決めてもらうこともできます(第27条)。
当事者が合意して調解記録に記載されれば、調解は成立します。その効力は確定判決と同じです(第26条)。合意に至らないときは、委員会が双方の利益の釣り合いを考えた解決案を示し(第28条)、送達や告知から10日以内に異議を出さなければ、その案で調解が成立したとみなされます(第29条)。調解を進めても紛争の迅速で適切な解決にならないと委員会が見たときや、解決案を示せないときは、調解不成立とみなされます(第31条第1項)。
異議が出て調解が成立しなかった場合、申立人が10日以内に反対しない限り、そのまま訴訟に移り、調解を申し立てた時に訴えを起こしたものとみなされます。担当は、調解に加わった裁判官です。調解の場で譲歩した発言は、原則としてその後の判決の基礎にはされません(第30条)。第32条は、第一審を原則として6か月以内に終えるよう求めています。
労働者を支える規定
雇用関係の確認や、賃金・退職金・資遣費(会社都合の退職金)の支払いを求めて、労働者または労働組合が訴えを起こしたり上訴したりするときは、裁判費の3分の2が当面免除されます(第12条)。労働者が原告なら、会社の所在地だけでなく、自分が働いていた場所の裁判所にも訴えられます(第6条)。権利事項の争いで労働者が訴訟や仲裁を起こすときは、中央の主管機関が適切な扶助を与えることができる、という規定もあります(労資争議処理法第6条第3項)。労働事件法第25条により、労働調解の手続は原則として非公開です。
証拠の面では、賃金をめぐる争いで、労働関係に基づいて会社から給付を受け取ったことが証明されれば、その給付は働いた対価としての賃金と推定されます(第37条)。第38条では、出勤記録に載った時間は、会社の同意のもとで仕事をしていたと推定されます。残業代を争うときは、給与明細と出勤記録の写しがそのまま主張の柱になります。
どちらから始めるか
話し合いで早く区切りをつけたいなら労働局の調解、合意できなかったときに判決まで見据えるなら裁判所の労働調解、という使い分けが考えられます。労働局の調解で合意できなかったときは、裁判所の労働調解を経ずにそのまま訴えを起こせます(労働事件法第16条第1項第1号、民事訴訟法第406条第1項第2号)。裁判所の労働調解から始めた場合は、調解が成立しなければ、申立人が10日以内に反対しない限り、そのまま訴訟に移ります(労働事件法第29条第4項、第31条第2項)。
日系企業の人事担当者にとっても、仕組みは同じです。労働局の調解の通知が届いたら、その手続が続く間は争いを理由とした不利益な扱いが禁じられる点(労資争議処理法第8条)を、現場の管理職にも伝えておく必要があります。
どちらの手続から入るかは、雇用契約書、給与明細、出勤記録、解雇通知や会社とのやり取りを確かめてから決めます。調解に向けた書面の準備や期日での主張の組み立ては、昊鼎国際法律事務所(wei@hoveringlaw.com.tw、初回相談1時間NT$3,000、オンライン可)に日本語で相談できます。
参考にした公的資料
よくある質問
- 労働局の調解が不成立に終わりました。裁判所でもう一度調解を受けなければなりませんか?
- いいえ。労働事件法第16条第1項第1号は、民事訴訟法第406条第1項第2号(他の法定の調解機関で調解が成立しなかった場合)に当たる事件を、訴訟の前に裁判所の労働調解を経なければならない対象から外しています。労働局の調解が不成立に終わったあとは、そのまま訴えを起こせます。裁判所の労働調解を改めて受けたいときは、起訴前に申し立てることができ(同条第3項)、裁判所は他の法定の調解機関で調解が成立しなかったことを理由にその申立てを却下できません(同法第22条第3項)。
- 労働調解を申し立てず、いきなり訴えを起こしたらどうなりますか?
- 労働調解が必要な事件で直接訴えを起こすと、労働調解の申立てがあったものとみなされます(労働事件法第16条第2項)。訴えが門前払いになるわけではなく、まず労働調解の手続に回ります。
この記事は一般的な情報提供を目的としたもので、個別の事案についての法的助言ではありません。



