例えば、台湾で生まれ、米国籍も取得してカリフォルニアで30年暮らした父が亡くなったとします。父は生前、現地の弁護士と遺言を作り、撤回可能な生前信託(revocable living trust、以下リビング・トラスト)も設定していました。信託の財産目録には、台北のマンションと台湾の銀行預金も載っています。ところが、東京に住む娘が台湾側を調べてみると、マンションの登記名義も預金口座も父のままでした。
米国の書類がそろっていても、それだけで台湾の財産は動きません。遺言についてはどの国の法律で効力を判断するのかが、リビング・トラストについては台湾で名義を移していないことが問題になります。
遺言の成立と効力は、作成した時の本国法による
台湾の渉外民事法律適用法第60条は、遺言の成立と効力を遺言作成時の遺言者の本国法により、撤回を撤回時の本国法によると定めています。方式はもう少し広く、第61条により、本国法のほか、遺言の作成地の法律、死亡時の住所地の法律、不動産に関する遺言であれば不動産所在地の法律のいずれかに適合していれば足ります。
この例の父のように国籍が複数あるときは、関係が最も密接な国籍の法律が本国法になります(第2条)。本国法が米国法になる場合は、州によって法律が異なるため、米国の法適用に関する規定に従ってどの法律かを決め、その規定が明らかでなければ、遺言者と最も関係が密接な法律を適用します(第5条)。相続そのものは死亡時の本国法によりますが、台湾法上相続人となる台湾国民は、台湾にある遺産を相続できます(第58条)。
外国で作られた遺言を台湾の裁判所はどう見たか
台湾桃園地方法院の2024年7月22日の判決(112年度家繼訴字第31號)では、カナダと台湾の二重国籍者が2002年にカナダで作った遺言が争われました。亡くなった方はカナダで暮らした後に桃園へ戻り、2018年の入国以降は出国していませんでした。裁判所は、最も関係が密接な国籍は中華民国だとして、遺言の成立と効力に台湾法を適用しています。遺言を根拠に分配を求めた側は、台湾の在外公館による認証書を提出できませんでした。裁判所は、遺言者と証人である弁護士の署名が真正だとは認められず、民法の定める自筆遺言・代筆遺言の要件にも合わないとして、遺言による分配の請求を退けました。遺産は法定相続分に従って分けられています。これは地方法院(日本の地方裁判所にあたる)の判断です。
台湾高等法院の2023年1月31日の判決(111年度家上字第312號)は、中華民国国民が米国で作成した遺言に関するものです。銀行は、遺言が有効か、遺言執行者の指定といえるかを判断できないとして、預金の払い戻しに応じませんでした。裁判所は第60条第1項により台湾法を適用しました。この遺言は証人3人のうち1人が筆記した代筆遺言で、ロサンゼルスの台北経済文化弁事処(台湾の在外公館)が遺言者と証人の署名を証明していました。裁判所は、文書は真正なものと推定され、代筆遺言の要件も備えていると述べ、一審の判断を改めて、子を遺言執行者と確認しました。
どちらの事件でも、外国で作られた遺言に台湾法が適用され、方式と署名の真正が判断の前提になりました。
台湾法が基準になるときの方式と特留分
台湾民法が認める遺言の方式は、自筆、公証、密封、代筆、口授の五つです(第1189条)。自筆遺言(自書遺囑)は全文を自分で書き、年月日を記して署名しなければなりません(第1190条)。代筆遺言には3人以上の証人が必要です(第1194条)。公証遺言は2人以上の証人を立てて公証人の前で行いますが、海外に住む国民は、台湾の領事が駐在する地であれば領事の前で行うことができます(第1191条)。
パソコンで作成して署名し、証人2人が署名した遺言であれば、自筆遺言には当たらず、代筆遺言の証人の数にも足りません。こうした文書については、第61条が認める別の法律、例えば作成地の法律の方式を満たしているか、署名が真正かが、台湾であらためて問題になります。
遺言者は、特留分(日本の遺留分にあたる制度)の規定に反しない範囲で遺産を処分でき(第1187条)、遺贈によって特留分に足りなくなった相続人は、不足する分を遺贈財産から減らすよう求めることができます(第1225条)。第1223条によれば、配偶者と直系卑属の特留分は法定相続分の2分の1です。同条は2026年8月17日に改正・公布され、公布から6か月後に施行されるため、それ以外の相続人の特留分は、亡くなった日に適用される条文で確認してください。
台湾で名義を移していないリビング・トラスト
台湾の信託法第1条は、信託を、委託者が財産権を移転するかその他の処分をして、受託者に管理・処分させる関係と定義しています。台湾にある不動産の物権は所在地である台湾の法律により(渉外民事法律適用法第38条)、法律行為による不動産物権の取得や変更は、登記をしなければ効力が生じません(民法第758条)。登記が必要な財産を信託しても、信託登記がなければ第三者に対抗できません(信託法第4条第1項)。株式を信託した場合は、発行会社に通知しなければその会社に対抗できません(同条第3項)。
信託の書類に台北のマンションが書かれていても、台湾の登記簿に受託者への移転登記と信託登記がなければ、そのマンションは亡くなった時点で父の財産のままです。預金は登記の対象ではありませんが、口座の名義が父のままなら、受託者が信託の書類だけで払い戻しを受けられるのかを、まず銀行に確かめることになります。名義が動いていない台湾の財産は、遺産として次の申告と登記の手続きに進みます。
遺産税の申告と相続登記
米国に住んでいた人が台湾の国籍も持っていた場合でも、台湾の外に常時居住(經常居住)していたのであれば、米国籍だけの人と同じく、台湾内にある遺産だけが遺産税の課税対象です(遺産及び贈与税法第1条第2項)。死亡前2年以内に台湾に住所があった場合、または住所はなく居所があり、その2年間の台湾滞在が合計365日を超える場合は、台湾に常時居住していたものとされます(第4条)。死亡前2年以内に自ら台湾の国籍を離れた人にも、台湾国民に関する規定がそのまま適用されます(第3条の1)。
申告期限は死亡の翌日から6か月で(第23条)、台湾の外に住んでいた国民と外国人の台湾内の遺産は、台北国税局に申告します(財政部の税務ポータル(稅務入口網)の申告先の案内)。外国で発行された証明書類は、現地の台湾在外公館の認証を受け、中国語訳を添えます(添付書類の案内)。免税額は台湾の外に住んでいた国民と外国人にも同じ基準で適用され(第18条)、2026年に亡くなった場合は1,333万台湾ドルです(財政部の公告)。一方、配偶者・子・父母の控除など、第17条第1項第1号から第7号までの控除は適用されません(第17条第2項)。2026年9月11日に改正・公布された第6条により、遺言執行者がいる場合は、執行者が相続人と受遺者に代わって申告と納付を行うことができます。米国の連邦や州の税は別の問題ですので、米国の税務の専門家に確かめてください。
遺産税を完納するまでは、遺産の分割、遺贈の引渡し、移転登記ができず(第8条)、地政事務所(日本の法務局にあたる窓口)は、完納証明書や免税証明書などがなければ移転登記をしません(第42条)。相続登記の書類は土地登記規則第119条が定めています。遺言でマンションの遺贈を受けた人がいる場合も、まず相続人が相続登記を済ませ、そのうえで相続人と受遺者が共同で移転登記を申請します。遺言執行者が指定されているときは、執行者の登記と相続登記を終えた後、執行者が受遺者と共同で申請します(第123条)。外国で作成された遺言を提出するときにどのような認証や訳文が必要かは、不動産所在地の地政事務所にあらかじめ確かめてください。
外国籍の相続人が土地を取得するときの制限は外国人が台湾の不動産を相続するときで、遺産税の範囲と控除は海外に住んでいた人が台湾の財産を残したときで取り上げています。相続人が日本に住んでいる場合、日本側の届出や税務は別に確かめる必要があるため、日本の専門家にご相談ください。
米国で遺言や信託を作る段階で話し合えること
台湾に財産があるなら、米国の弁護士と台湾の弁護士に同じ資料を見せたうえで、いくつかの点を相談しておく価値があります。台湾の財産だけを対象に、台湾民法の方式による遺言を別に作るかどうかが一つです。作る場合は、二つの遺言が互いを撤回したと読まれないよう、文言をどうそろえるかも相談します。
米国で署名する文書に台湾の在外公館の認証を受けておくかどうかも論点です。認証は文書の作成地を管轄する在外公館に申請するのが原則で(文書証明条例第10条)、上の二つの判決では、認証書の有無によって署名の真正についての判断が分かれました。配分の割合を決めるときに特留分を考慮するか、台湾の不動産を実際に信託に入れるなら必要になる信託登記(土地登記規則第124条)とそれに伴う税をどう見るかも、あわせて確かめておくとよいでしょう。どの方法が合うかは、家族の国籍と財産の構成によって変わります。
昊鼎国際法律事務所へのご相談は、遺言者の国籍と居住地、台湾にある財産の種類、米国の遺言と信託を作成した時期を書いて、wei@hoveringlaw.com.twまでお送りください。この記事は一般的な説明であり、個別の事案の結論は実際の文書を見て判断する必要があります。
参考にした公的資料
- 渉外民事法律適用法 第2条、第5条、第38条、第58条、第60条、第61条
- 民法 第758条、第1187条、第1189条、第1190条、第1191条、第1194条、第1223条(2026年8月17日改正公布、公布から6か月後に施行)、第1225条
- 信託法 第1条、第4条
- 遺産及び贈与税法 第1条、第3条の1、第4条、第6条(2026年9月11日改正公布)、第8条、第17条、第18条、第23条、第42条
- 土地登記規則 第119条、第123条、第124条
- 外交部及び駐外館処文書証明条例 第10条
- 財政部公告:2026年(民国115年)に発生した相続・贈与に適用される金額
- 財政部プレスリリース(2026年9月11日):遺産及び贈与税法の一部改正公布
- 財政部の税務ポータル(稅務入口網):遺産税の申告先(3108)、遺産税申告の添付書類(3111)
- 台湾高等法院 111年度家上字第312號判決(2023年1月31日)
- 台湾桃園地方法院 112年度家繼訴字第31號判決(2024年7月22日)
確認日:2026年10月5日
よくある質問
- カリフォルニアで作った遺言は、台湾でも効力がありますか?
- 文書だけでは決まらず、二つの点が問われます。成立と効力は遺言作成時の遺言者の本国法により(渉外民事法律適用法第60条)、方式は本国法、作成地法、死亡時の住所地法、不動産所在地法のいずれかに適合していれば足ります(第61条)。台湾法が基準になる場合は、配偶者や子の特留分も問題になります。署名が真正かどうかを台湾で争うことになり得るため、台湾の在外公館の認証があるかも確認します。
- 米国のリビング・トラストの財産目録に台北のマンションを書いてあります。受託者がそのまま処分できますか?
- 台湾で受託者への移転登記と信託登記をしていなければ、難しいでしょう。台湾民法第758条は、法律行為による不動産物権の変動は登記をしなければ効力が生じないと定め、信託法第4条第1項は、登記が必要な財産の信託は信託登記がなければ第三者に対抗できないと定めています。登記名義が亡くなった方のままであれば、そのマンションは遺産税の申告と相続登記の手続きを経ることになります。
- ずっと米国に住んでいた場合でも、台湾で遺産税を申告しますか?
- 台湾内に財産があれば申告の対象です。遺産及び贈与税法第1条第2項により、台湾の外に常時居住(經常居住)していた台湾国民と外国人は、台湾内にある遺産だけが課税されます。申告は死亡の翌日から6か月以内に台北国税局へ行います。遺産税の整理が済むまでは移転登記ができません。
この記事は一般的な情報提供を目的としたもので、個別の事案についての法的助言ではありません。



