2024年7月28日午後6時58分ごろ、新北市中和区の片側2車線の道路で、乗用車がUターンしようとしていました。対向してきたバイクはそのUターンを先に通さず、警告のクラクションを鳴らします。車は加速して追いかけ、交差点の手前でバイクの前に出ると、道路の中央で停車させました。運転者は窓を開け、相手に暴言を浴びせます。
青信号になっても車は前を塞いだままです。バイクが右側から回り込んで直進しようとすると、車も右前方へ動いて再び進路を塞ぎます。相手がそれ以上動かないのを見て、車はようやく立ち去りました。ここまでの行動は車の運転者も争っておらず、裁判所が認定しています(臺灣高等法院114年度上易字第2198號、2026年1月27日、附件の一審判決を含む)。
追いかけられ、道を塞がれ、暴言まで浴びせられた。それでも刑事裁判で処罰できないことがあるのでしょうか。
二つの映像に映った、最後のUターン
一審が確認したのは、バイクのドライブレコーダーと交差点の監視カメラです。判決には2025年7月14日の勘験、つまり法廷で映像を直接確かめた記録が載っています。二つの映像は表示時刻がずれており、判決もその点を明記しています。以下の時刻は、それぞれの画面表示です(臺灣新北地方法院114年度易字第637號、2025年7月31日、高等法院判決の附件)。
ドラレコの18時24分54秒〜18時25分24秒。画面上部の信号は青で、クラクションが鳴り続けています。バイクは中央線側に寄って走り、車がその右側から追い越して前に停まります。18時25分25秒〜39秒には信号が赤になり、車の運転者がドアを開けて怒鳴り、閉めています。18時26分17秒、青に変わっても車はバイクの右前方に残っています。なお、事実認定の記述は「開啟車窗」(窓を開ける)、この勘験記録は「打開車門」(ドアを開ける)となっており、判決はこの違いを説明していません。
監視カメラでは18時58分42秒〜47秒、左のウインカーを出して内側車線を走るバイクの右側から、車が前に出て中央線へ寄り、行く手を塞ぎます。19時00分23秒〜40秒には、右へ回ろうとするバイクを車が右へ動いて遮ります。そして19時00分41秒〜50秒、車が右前方へ進む一方、バイクは車の左後方にあたる交差点でUターンして離れました。一審は、遮られた始まりを18時58分47秒ごろ、離れた時点を19時00分41秒ごろと捉え、約1分54秒と数えました。
進める隙間があれば、強制ではないのか
車の運転者は、前に停車したことや暴言を認めながらも、強制罪と公然侮辱罪の成立を否定しました。車の両側にはバイクが通れる空間があり、前進できない状態ではなかった、という主張です(一審判決)。
検察官は控訴で、離れる余地があっても走行上の危険が生じる可能性があると反論しました。バイクのクラクションは、Uターンをいったん待つよう知らせただけなのに、車は感情を抑えられず進路を塞いだ。クラクションへの不満を伝えるために車で威圧するのは、手段と目的の釣り合いを欠き、自由や安全への侵害も軽くない、という見方です。暴言についても、相手が自ら争いを起こしたわけではなく、侮辱に寛容である義務はないと主張しました。単なる口癖でも、一度きりの罵倒でもないと争っています(高等法院判決)。
台湾の刑法304条1項は、暴力や脅迫によって義務のないことをさせたり、権利の行使を妨げたりする行為を強制罪として処罰します。法定刑は3年以下の有期徒刑、拘役または9,000台湾ドル以下の罰金です(中華民國刑法304条)。ただし一審は、自由が完全に奪われる必要はないものの、威嚇によって心理的または身体的に強制された状態にあることが必要だと説明しました。隙間の有無だけで判断するわけではありません。
赤信号の間は、そもそも前へ進めなかった
一審が1分54秒から差し引いたのは、ドラレコの信号が赤だった18時25分25秒〜18時26分17秒の52秒です。赤信号では前進できない以上、この間に意思や行動の自由が車によって強制されていたとはいえない、と考えました。残る時間は約1分2秒です。
道路の形も判断に響きました。片側2車線で空間があり、車が停まったのは交差点手前の二輪車用停止区画です。一審は、前を塞がれれば進めなくなる狭い一方通行の道とは違い、右の外側車線を進むか、左へUターンして離れる余地があったと認定しました。実際にバイクがUターンして去ったことも、その根拠です。仮に強制された状態だったとしても、時間はごく短く権利侵害は限定的で、手段と目的を社会的に非難できるほどではない、としました。
高等法院は、強制罪の条文が広い範囲の行動に当てはまり得るため、手段と目的を合わせて、刑罰に値する違法性があるかをさらに判断すると説明しました。示した基準の一つが、影響が軽微な場合は刑罰で制裁すべき非難可能性を欠くという考え方です。この事件では約1分2秒という時間と、現に離れられた事実を踏まえ、自由に立ち去る権利を妨害する強制行為に達したとは認めませんでした。同時に、運転者の行動を「無禮且不當」(無礼で不適切)と明言しています。
暴言を認めても、侮辱罪には届かなかった
公然と人を侮辱した場合、刑法309条1項は拘役または9,000台湾ドル以下の罰金を定めています(中華民國刑法309条)。この条文について両審がよりどころとしたのが、憲法法庭113年憲判字第3號判決の解釈です。以下は、この刑事判決が引用・適用した内容です。
本人が侮辱されたと感じたことだけで犯罪が成立するわけではありません。保護の対象は社会的な名誉や人格としての名誉であり、主観的な不快感そのものは含まれません。発言の前後関係を踏まえ、故意に公然と名誉を傷つける言葉が一般人の合理的な受忍の範囲を超え、表現の自由より相手の名誉を優先して保護すべき場合に処罰を限る、という基準です(高等法院判決)。
一審は、二人は面識も恨みもなく、その場の運転をめぐって争いになったと認定しました。暴言はごく短時間で、反復・継続せず、影響が積み重なったり広がったりもしていないとしています。高等法院も、いさかいの最中に一時的な不満を表した言葉であり、理由もなく相手の人格や名誉を傷つけることだけを目的とした罵倒ではない、と判断しました。粗野で相手を不快にさせる言葉でも、ここでは公然侮辱罪を認めるだけの証明に至らないとしたのです。この点で、検察官とは評価が分かれました。
二つの無罪と、この判決が答えていないこと
| 裁判所 | 事件番号 | 判決日 | 結果 |
|---|---|---|---|
| 臺灣新北地方法院 | 114年度易字第637號 | 2025年7月31日 | 強制罪・公然侮辱罪とも無罪 |
| 臺灣高等法院 | 114年度上易字第2198號 | 2026年1月27日 | 検察官の控訴を棄却、無罪を維持。上訴不可 |
二審判決の末尾には「不得上訴」(上訴できない)とあります。無罪のため、この刑事事件で言い渡された刑期や罰金はありません。易科罰金の換算額も定められていません。
無罪は、この運転を安全で適切だと認めた結論ではありません。また、約1分2秒までなら進路を塞いでよいという時間制限を設けた判決でもありません。広い道路、離れる余地、実際のUターン、短時間の暴言という事情に即した判断です。逃げ道がない場合や、妨害・罵倒が長く続く場合の結論までは示していません(一審・二審判決)。
交通違反に対する行政上の処分は、刑事裁判とは別です。背景として、道路交通管理處罰條例43条1項3号・4号は、不当な接近や車線変更などで他車に道を譲らせる行為や、突発的な事情がないのに走行中むやみに急減速・急制動・車線上での停車をする行為を対象にしています。規定上は6,000〜36,000台湾ドルの行政上の過料(罰鍰)とその場での運転禁止に加え、同条4項による車両ナンバープレートの6か月間の使用停止もあります(道路交通管理處罰條例43条)。この条文は本件の両判決では適用されておらず、実際に行政処分があったかは記載されていません。民事賠償の有無や金額も、この判決からは分かりません。
この判決の証拠の扱いからすると、台湾で同じような妨害に遭ったときは、前後を含む映像が役立ちます。信号の変化や車線、立ち去るまでの動きが分かる元の映像を残しておけば、裁判所が今回検討した事情を確かめられます。表示時刻が合っていない映像どうしは、時刻をそのまま並べても正しい経過になるとは限りません。本件では一方の映像が52秒の赤信号を、もう一方が約1分54秒の経過とUターンを示しました。妨害の瞬間だけでは、こうした事情は捉えきれません(一審判決)。
出典
- 臺灣高等法院114年度上易字第2198號刑事判決、2026年1月27日
- 臺灣新北地方法院114年度易字第637號刑事判決、2025年7月31日(上記判決の附件に全文収録) — 憲法法庭113年憲判字第3號の説明は、本件両判決の引用・適用に基づきます。
- 中華民國刑法304条
- 中華民國刑法309条
- 道路交通管理處罰條例43条(背景法令。本件では適用なし)
この記事は公開判決文と法令をもとに作成しました。資料確認日:2026年10月3日。
この記事は一般的な情報提供を目的としたもので、個別の事案についての法的助言ではありません。



