(仮の例です)里帰りした配偶者と子が、帰国予定日になっても戻ってこない。「やっぱり帰らない」とメッセージが届いた夜、多くの人が最初に検索するのは「ハーグ条約 台湾」でしょう。ところが、ハーグ条約の手続は締約国同士の道筋で、台湾はその地図に載っていません。
ハーグ条約の窓口は、どちら向きでも開かない
日本のハーグ条約実施法では、返還援助の申請先は外務大臣です。日本から連れ去られた子が条約締約国以外の国・地域にいることが明らかなときは、申請は却下されます(第13条第1項第3号)。台湾から日本へ連れて来られた場合も、子の常居所地が条約締約国でなければ、台湾にいる親が日本に返還援助を求める申請は却下事由に当たります(第7条第1項第5号)。台湾はハーグ国際私法会議の締約国表に載っておらず(2026年10月5日確認)、台湾の憲法法庭も、台湾は条約の締約国ではなく返還手続を適用できないと述べています(111年憲判字第8号、2022年5月27日)。
台湾の家事法庭では、子の今の暮らしが問われる
子の住所・居所がある地域の地方法院(少年及家事法院のある地域ではその法院)が、子の引渡しや権利義務の行使・負担の定めを専属的に扱います(家事事件法第104条)。基準は国籍ではなく、子が今どこで暮らしているかです。子が日本にいる場合に台湾の裁判所の管轄が認められるかは、住所・居所の判断を含めて個別の検討が必要です。原則として、裁判の前に調解(話合い)を経ます(第23条)。
裁判中の仮の措置もあります。裁定が確定する前に、必要と認められれば、子を連れて特定の場所や台湾から出ることを禁じる命令や、面会交流の方法・期間の定めなどが出されます(第85条、暫時處分辦法第7条)。判断の軸は子の最善の利益で、子の意思や、一方の親が他方の親の権利行使を妨げたかも考慮されます(民法第1055条の1)。裁判所は、子の年齢や理解力に応じて、子が意見を述べる機会も設けます(家事事件法第108条)。
急いで子を国外へ戻す仮の命令には、歯止めがあります。外国で暮らす親が、台湾にいる子を外国へ連れ帰る仮の措置を求めた事件で、台北地方法院は2019年10月31日にこれを認めました。憲法法庭は上の判決で、これを支持した最高法院の裁定を違憲として差し戻しています。子に意見を述べる機会を与えていないことに加え、現居地の親による虐待や、疫病・戦争のような事情で十分に急迫した強い必要性がない限り、子の生活の継続や意思に反して他国への移動を命じるべきではない、という理由です。どちらの親に子を渡すべきかは判断していません。子の生活の継続が重く見られるため、子が今どちらにいるかが、有利にも不利にも働き得ます。申立て(2019年3月19日)から最高法院の裁定(2022年2月23日)までは約3年かかっており、他の事件の目安にはなりませんが、争いが長引くことはあります。
証拠の例を挙げます。3週間の里帰りに合意したやり取り、往復の航空券、日本での学校や医療の記録、帰国予定日以降の連絡履歴は、生活の拠点と移動への同意の有無を示す資料になります(仮の例)。裁判所は、ソーシャルワーカーの訪問調査報告や家事調査官の調査報告も使えます(民法第1055条の1第2項)。連れて出る側にもリスクがあります。もう一方の親の同意なく子を連れて国外へ移動すると、台湾で刑事訴追等の対象になる場合があると、日本台湾交流協会も案内しています。
日本の裁判の結果は、台湾でそのまま通用するのか
日本の家庭裁判所で親権者や監護者を定める裁判が確定しても、台湾で自動的に効力を持つわけではありません。外国裁判所の確定判決・裁定は民事訴訟法第402条、確定した非訟事件の裁判は非訟事件法第49条で、管轄、手続開始の通知の送達、公序良俗、相互承認などが問われます。どちらに当たるかは裁判の形式で変わります。非訟事件法には、台湾人に不利でない裁判なら相互承認がなくてもよいという例外もあります。
日本との相互承認について、台湾高等法院は113年度重上字第493号判決(2024年12月17日)で、金銭の支払を命じた日本の判決の強制執行を許可した第一審を維持し、日台間に相互承認がないとはいえないと判断しました。家事の裁判に同じ判断が及ぶとは限りません。承認と強制執行も別で、外国判決の強制執行には、台湾の裁判所の許可判決が先に要ります(強制執行法第4条の1)。子の引渡しを命じる裁判にこの仕組みがどう当てはまるかは、台湾の弁護士に確認が必要です。基本は外国判決と台湾の財産への執行にまとめています。
ハーグ条約が使えなくても、手段がなくなるわけではありません。ただ、早く戻すための特別な窓口はないので、子が今どこで暮らし、これまで誰がどう育ててきたかを、台湾の家事法庭に資料で示す争いになります。結果や期間は約束できません。日本側の手続を並行させるかどうかは、日本の専門家にも確認してください。離婚後に子どもと日本で暮らす計画は、別の記事で整理しています。
台湾の家事法庭での子どもの件について弁護士への相談を希望する方は、昊鼎国際法律事務所・曾雋崴(Wei Tseng)弁護士へ、wei@hoveringlaw.com.twでお問い合わせいただけます。お子さんの現在地と年齢・国籍、連れて行かれた(留め置かれた)日、すでにある日本・台湾の裁判や合意をお知らせください。所在地:103 臺北市大同區承德路一段35號7樓之2。
参考にした公的資料
確認日:2026年10月5日。
- 国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約の実施に関する法律(e-Gov法令検索):第2条(条約締約国)、第4条・第7条(外国返還援助申請とその却下)、第11条・第13条(日本国返還援助申請とその却下)。
- ハーグ国際私法会議・1980年子の奪取条約の締約国表:日本の発効日は2014年4月1日。台湾の記載なし。
- 憲法法庭 111年憲判字第8号判決(2022年5月27日):臺北地方法院108年度家暫字第46號、最高法院111年度台簡抗字第13號を審査。
- 臺灣高等法院 113年度重上字第493號民事判決(2024年12月17日):日本の確定判決と相互承認。第一審は臺灣士林地方法院111年度重訴字第500號。
- 家事事件法第23条・第85条・第104条・第108条、家事非訟事件暫時處分類型及方法辦法第7条、民法第1055条の1。
- 民事訴訟法第402条、非訟事件法第49条、強制執行法第4条の1。
- 日本台湾交流協会「家庭問題・DV被害支援に関する情報」:子の連れ去りに関する案内。
よくある質問
- 子どもが台湾に連れて行かれた場合、日本のハーグ条約の手続で返還を求められますか。
- 求められません。日本のハーグ条約実施法は、子が条約締約国以外の国・地域にいることが明らかな返還援助の申請を却下すると定めており、台湾はハーグ国際私法会議の締約国表(2026年10月5日確認)に載っていません。台湾では、子が住んでいる地域の地方法院の家事法庭に、親子の事件として申し立てる方法があります。結果や期間は事案ごとに異なり、見通しを約束することはできません。
この記事は一般的な情報提供を目的としたもので、個別の事案についての法的助言ではありません。



