2026年4月27日、台湾の知的財産及商業法院は、TSMCの製程資料を元同僚から集めた技術者の事件で、本人だけでなく、その技術者が移った東京威力科創股份有限公司(半導体製造装置メーカーの台湾法人)にも判決を出しました。会社には5件それぞれに罰金が科され、まとめて執行する罰金(応執行罰金)は1億5,000万元。執行猶予は3年です。猶予の条件は判決確定から1年以内にTSMCへ1億元、国庫へ5,000万元を支払うことです。
日本企業がこの判決を読むべき理由は、適用された法律の一つが国家安全法だからです。この法律は「国家核心関鍵技術」の営業秘密を外国で使う意図で取得・使用・漏洩する行為を、通常の営業秘密侵害より重く罰し、従業員が業務で犯せば会社にも罰金を科します。そして「外国」には日本が含まれます。日本国内の工場で働かせるために台湾の半導体技術者を採用する会社、台湾の顧客の設備を保守する会社、どちらにも同じ条文がかかります。
判決が認定した事実
裁判所の新聞稿によると、事件は五つの資料取得と一つの証拠隠滅からなります。
技術者は2023年8月、TSMC新竹工場の外部会議室で、元同僚が業務用ノートパソコンで開いた資料を携帯電話で撮影しました。翌2024年5月には新竹市内の居酒屋で、別の元同僚が開いた業務メールの添付資料を撮影しました。年が明けて2025年2月と5月には、元同僚がそれぞれ自宅から業務用パソコンで遠隔接続して開いた資料を撮影しました。これとは別に、2024年5月から2025年6月にかけては、TSMC台南の封止・テスト工場で、データベースの閲覧権限を持たない別の従業員が同僚の認証情報を借りて図面を撮影し、技術者に送っていました。
裁判所は、このうち三件を国家核心関鍵技術にあたる営業秘密(2ナノ製程、および14オングストローム製程の資料)、二件を一般の営業秘密と分類し、居酒屋の一件を除く四件に「域外使用の意図」があったと認定しました。会社の従業員一人は、技術者が撮影した図面を会社のクラウドから削除した行為で証拠隠滅罪に問われています。
東京威力科創については、技術者の人事評価に「既存の顧客資源を活用して価値ある情報を得て判断に役立てた」「顧客と競合の情報、社内では得にくい情報を集められる」といった記載があったことから、従業員が旧知の人間関係を使ってTSMCの内部情報を違法に集めるおそれがあることを、会社ははっきり認識していた、と裁判所は述べました。一方で会社の刑を決めるにあたっては、罪を認めて検察の捜査とTSMCの内部調査に積極的に協力したこと、日本の親会社とともにTSMCと和解したこと、再発防止の措置を整えたことが考慮されています。TSMCが書面で「TELは装置供給者の台湾サービス会社であって競合ではない」と表明したこと、資料が東京威力とその日本の親会社以外の第三者に漏れていないことは、技術者本人の量刑の理由として挙げられています。
新聞稿には関係者の氏名と個人の刑も載っていますが、ここでは会社に関わる部分だけを扱います。
国家安全法第3条:何が禁じられているか
国家安全法第3条第1項は、外国、中国大陸、香港、澳門、境外の敵対勢力、またはそれらが設立・実質支配する組織やその派遣者のために、次の行為をすることを禁じます。
窃取、横領、詐術、脅迫、無断複製その他の不正な方法で国家核心関鍵技術の営業秘密を取得し、または取得後に使用・漏洩すること。知り、または持っている国家核心関鍵技術の営業秘密を、権限なく、または権限の範囲を超えて複製・使用・漏洩すること。持っている営業秘密について所有者から削除・廃棄を告げられたのに、削除・廃棄せず、または隠匿すること。他人が知り、持っている営業秘密に上の事情があることを明知して、取得・使用・漏洩すること。
第2項は別の類型です。外国、中国大陸、香港、澳門で国家核心関鍵技術の営業秘密を使用する意図をもって、第1項の各行為をすること。TEL判決で会社に適用されたのは、営業秘密法の条文とこの第2項(第8条第2項)です。「外国のために」ではなく「外国で使う意図で」が要件なので、日本の本社で使うつもりだった、日本の工場に持ち帰るつもりだった、という事情がそのまま構成要件に入ります。
何が国家核心関鍵技術かは法律が直接列挙せず、流出すれば国家安全・産業競争力・経済発展を重大に損なう技術のうち、国際条約・国防・重要インフラ防護のために管理すべきもの、または台湾に主導的技術をもたらすか重要産業の競争力を大幅に高めるもの、として行政院が公告したものと定めています(第3項)。認定は国家科学及技術委員会に置かれた国家核心関鍵技術審議会が行い(認定辦法第2条)、委員は政府機関、研究機関、国防・情報・司法機関の代表と専門家の21〜27人です(第3条)。公告された一覧は定期的に見直されます。
営業秘密そのものの定義は営業秘密法に従います。方法、技術、製程、配合、プログラム、設計その他の生産・販売・経営に使える情報で、その分野の人に一般に知られておらず、秘密であることによって経済価値があり、所有者が合理的な秘密保持措置を取っているもの(営業秘密法第2条)。
刑の重さ:三段階
営業秘密法と国家安全法は、同じ行為類型に三段階の刑を置いています。
一般の営業秘密を不正取得・使用・漏洩すると、5年以下の有期徒刑または拘役で、100万元以上1,000万元以下の罰金を併科できます(営業秘密法第13条の1)。これは告訴があって初めて処罰される罪です(第13条の3)。
外国、中国大陸、香港、澳門で使う意図があれば、1年以上10年以下の有期徒刑で、300万元以上5,000万元以下の罰金を併科できます(第13条の2)。
国家核心関鍵技術の営業秘密を外国で使う意図で扱えば、3年以上10年以下の有期徒刑で、500万元以上5,000万元以下の罰金を併科できます。外国などのために第1項の行為をすれば、5年以上12年以下で、併科できる罰金は500万元以上1億元以下です(国家安全法第8条)。未遂も罰します。得た利益が罰金の上限を超えるときは、利益の2倍から10倍の範囲で加重できます。
自首すれば減軽または免除、他の正犯・共犯の検挙や重大な危害の防止につながれば免除。捜査と各審級で自白すれば減軽。TEL判決でも、自首して共犯の検挙につながった技術者は一件の刑を免除され、自白による減軽を受けた人もいます。
会社に罰金が及ぶ条文
国家安全法第8条第7項は、法人の代表者、法人または自然人の代理人、従業員その他の従業者が業務の執行として第1項から第3項の罪を犯したとき、行為者を罰するほか、その法人や自然人にも同じ項の罰金を科すと定めています。例外は一つです。法人の代表者が犯罪の発生を防ぐために尽力していた場合に限られます。営業秘密法第13条の4も同じ構造です(第13条の4)。
「尽力していた」と言えるかどうかが、会社側の大きな争点になります。TEL判決は、人事評価の文言から、会社が違法な情報収集のおそれをはっきり認識していたと判断しました。秘密保持契約を結ばせていたか、研修をしていたかという形式だけでなく、会社が従業員の情報収集をどう評価し、何を求めていたかという実質が見られます。
日系企業が社内で確認すること
台湾の半導体・装置・材料の技術者を採用する会社、台湾の顧客工場に技術者を常駐させる会社に共通して、判決から読み取れる確認点は次のとおりです。
採用時に、前職の資料を一切持ち込まない旨を本人に書面で確認し、入社後に前職の同僚から資料を受け取ることも禁じます。TEL判決の資料はすべて元同僚の端末経由でした。
人事評価や営業目標に「顧客内部の情報を得る」ことを評価する文言を置きません。それが会社の認識の証拠として読まれます。
持ち込まれた資料を見つけたら、削除せず保全して法務に上げます。削除は証拠隠滅罪で、判決では会社の従業員が10か月の刑を受けています。
台湾の顧客から営業秘密であると告げられた資料は、求めに応じて削除・廃棄し、記録を残す。「削除を求められたのに消さない・隠す」が独立の処罰類型です。
会社の量刑では、捜査への協力、被害企業との和解、再発防止の措置が考慮されました。事件が起きた後の対応も、刑の重さに関係してくるということです。
台湾の顧客との秘密保持契約の組み方は台湾の半導体顧客との材料開発契約で、退職後の競業避止は台湾で退職後の転職を制限されたらで扱っています。 採用予定者の職務経歴と前職の秘密保持契約、自社の就業規則・人事評価の様式、台湾顧客との保守契約。これらを並べて読めば、どこに穴があるかは見えてきます。秘密保持条項の整備や、台湾で調査・告訴に直面したときの対応は、昊鼎国際法律事務所(wei@hoveringlaw.com.tw)に日本語で相談できます。
参考にした公的資料
- 国家安全法 第3条・第8条
- 営業秘密法 第2条・第13条の1〜第13条の4
- 国家核心関鍵技術認定辦法 第2条・第3条
- 司法院:智慧財産及商業法院114年度刑國營訴字第1号・第2号、115年度刑國營訴字第1号判決新聞稿(2026年4月27日)
- 判決原文(裁判書査詢)
条文の確認日:2026年10月6日(台湾時間)。判決は第一審で、会社に関する部分の確定は報道でのみ伝えられているため本文には書いていません。行政院が公告した国家核心関鍵技術の具体的な一覧は、国家科学及技術委員会の公告で確認します。
よくある質問
- 日本の会社が台湾人エンジニアを日本で採用するだけで、台湾の国家安全法に触れますか?
- 触れません。処罰されるのは、国家核心関鍵技術にあたる営業秘密を、窃取・不正な方法で取得する、権限なく複製・使用・漏洩する、削除を求められても消さない、そうした経緯を知りながら取得・使用する、という行為です(国家安全法第3条第1項)。外国で使う意図があれば同条第2項で別に罰せられます。採用そのものではなく、前職の資料を持ち出させたり、持ち込まれた資料を使ったりすることが問題になります。
- 従業員が勝手にやったことでも、会社が罰金を払うのですか?
- 法人の代表者、代理人、従業員などが業務の執行として第3条の罪を犯した場合、行為者を罰するほかに、その法人にも同じ条の罰金が科されます。ただし、法人の代表者が犯罪の発生を防ぐために尽力していたときは除かれます(国家安全法第8条第7項)。営業秘密法第13条の4にも同じ構造の両罰規定があります。TEL判決では、人事評価の記載が「会社は知り得た」と判断する材料になりました。
- 何が「国家核心関鍵技術」なのですか?
- 外国などに流出すれば国家安全・産業競争力・経済発展を重大に損なう技術で、国際条約・国防・重要インフラ防護のために管理すべきもの、または台湾に主導的技術をもたらすか重要産業の競争力を大幅に高めるものとして、行政院が公告した技術です(国家安全法第3条第3項)。認定は国家科学及技術委員会に置かれた審議会が行います(国家核心関鍵技術認定辦法第2条)。TEL判決では、2ナノ製程の資料がこれにあたるとされました。
この記事は一般的な情報提供を目的としたもので、個別の事案についての法的助言ではありません。



