台湾の營業秘密法第2条は、技術情報が秘密で経済的価値を持つことに加え、所有者が合理的な秘密保持措置を取っていることを求めます。日本の材料メーカーが台湾の顧客とNDA(秘密保持契約)を結んでも、どの情報を誰が扱えるかという実際の管理は別に問われます。
2026年10月3日時点で確認したJSRの同年4月15日付発表によれば、同社の台湾子会社は新竹県湖口郷に、半導体の平坦化に用いるCMP材料などの評価・プロセス検証を行う研究拠点を開設しました。材料の供給に現地での評価機能を組み合わせる事業の例ですが、この発表から同社と顧客とのNDAや成果帰属の条件を知ることはできません。
日本企業が同様に台湾で材料評価や共同開発を進める場合、渡す情報の保護と、開発で生まれる成果の扱いを契約に落とし込む必要があります。以下の契約上の提案は一般的な検討事項であり、特定企業の契約や紛争を述べたものではありません。法令は2026年10月3日に確認した台湾の公表条文に基づきます。
配合表の「社外秘」と、台湾法上の営業秘密
營業秘密法第2条が対象とする情報には、方法、技術、製造工程、配合などが含まれます。ただし、その種類の情報を通常扱う人々に一般に知られていないこと、秘密性による現実または潜在的な経済的価値、所有者による合理的な秘密保持措置の三つをすべて満たさなければなりません。「未公表」というだけでも、開発費を掛けたというだけでも足りません(同条)。
NDAで対象にする「秘密情報」と、この法定の営業秘密は分けて考えます。契約で保護する範囲を定めても、その文言が法律上の三要件に代わるわけではありません。逆に、契約の定義を「営業秘密法で保護される情報」だけに絞ると、試験途中の資料などについて、何を秘密として扱う約束だったのかが曖昧になり得ます。
材料評価の契約を設計するなら、配合表、試料、試験条件、分析結果、口頭で伝える調整方法をどう特定するかを決めます。秘密表示のある文書だけを対象にする案では、会議や実験中の説明を後から書面で特定する方法も必要です。他方、公開済みの情報や、受領前から適法に保有していた情報、相手の秘密を使わず独自に開発した情報については、除外条件と、その根拠となる記録を定めます。法令に基づく開示が必要になる場面も、任意の第三者提供と区別する条項にします。
裁判所が見たのは、誓約書とアクセス制限の組合せ
智慧財產及商業法院112年度民營訴字第1號民事判決、2024年3月12日は、電子産業の材料分析・品質検査などを扱う企業の資料について、合理的な秘密保持措置を認めました。裁判所は、従業員の秘密保持義務、機密区分に応じた閲覧権限、許可のない私物端末等への保存制限、権限を持つ業務担当者だけがアカウントで閲覧できる管理を具体的に挙げています。
ただし、この第一審判決は、被告らの侵害行為を原告が立証できなかったとして請求を棄却しています。営業秘密であることを認めた判断と、誰が不正に取得・開示したかの判断は別です。ここでは同判決の公開部分だけを参照しており、確定の有無や後の審級の結論は確認していません(同判決・理由「貳、四」および「五」)。
この判断から材料メーカーの管理を考えると、NDAの保管先と技術データの管理を結び付ける運用が有用です。例えば、評価用の共有領域に対象資料の版と提供日を記録し、顧客側の担当部署に応じて閲覧・ダウンロード権限を設定します。担当者の異動や評価終了時には権限を見直し、提供先と許諾内容を後から追える状態にします。これは判決を踏まえた運用上の提案であり、同じ仕組みを入れれば必ず要件を満たすという意味ではありません。
商社・分析会社への再提供と、日本本社の利用権限
架空の例として、日本の材料メーカー、商社、台湾の顧客、外部の分析会社が関わる評価を考えます。メーカーと商社だけでNDAを結び、顧客への提供条件を別に決めていない場合、どの情報をどの目的で渡してよいかが定まりません。台湾顧客から返ってくる工程データを、日本本社の技術者が解析する場面も同じです。
契約当事者、実際に資料を受け取る会社、アクセスする担当者を対応させ、分析会社や関連会社への再提供をどの条件で認めるかを合意します。台湾の營業秘密法第7条は、使用許諾の地域、期間、内容、方法などを当事者の合意に委ねる一方、許諾を受けた者が所有者の同意なく第三者へ再許諾することを禁じています。グループ会社という理由だけで、日本本社への利用許諾まで含まれるとは扱わない方が、権限の食い違いを防げます。
試料の分析も、性能評価に必要な測定と、組成・製法を推定するための分析を区別して範囲を定めます。分析を全面的に禁じる条項と、顧客に詳細な評価を求める仕様書を同時に出せば、現場は何が許されるか判断できません。承認した試験方法、解析データの提供先、残った試料の保管・返却を、評価計画とNDAでそろえます。
人の記憶に残った情報を自由に使えるとする、いわゆる残留情報の条項にも注意が必要です。検討対象は名称ではなく、記憶した配合や工程条件を別の開発へ転用することまで許す文言かどうかです。秘密情報を受け取る日本側にも同じ制限が及ぶよう、双方の情報の流れに沿って条項を読みます。
開発費を払う会社と、発明の権利者
台湾の專利法第7条第3項は、一方が費用を負担して他方に研究開発を委託する場合、出願権と特許権の帰属を契約に委ねています。定めがなければ発明者等に帰属し、出資者にはその発明等の実施が認められます。開発費を出したことだけを根拠に、顧客が権利を独占できる制度ではありません。
企業間の合意と、研究者から企業への権利帰属も別に確認します。同条第1項では、従業員が職務上完成した発明等の出願権・特許権は使用者に帰属し、使用者は適切な報酬を支払うことが原則です。ただし、契約に別の定めがある場合はその定めに従います。職務上かどうかは、雇用関係における仕事として完成した発明かという同条第2項の定義に沿って検討します。
第8条では、職務外の発明等は従業員に帰属します。ただし、使用者の資源や経験を利用した場合、使用者は合理的な報酬を支払って当該事業で実施できます。従業員は職務外の発明等を完成したとき、直ちに書面で使用者に通知し、必要に応じて創作の過程も伝えなければなりません。使用者が通知を受けてから6か月以内に異議を述べなければ、職務上の発明等だと主張できなくなります。第9条は、第8条の従業員の権益を奪う契約を無効としています。
日本からの出向者や日本本社の研究者が加わる場合、雇用主、担当業務、発明への寄与、適用される法律を確かめます。台湾で評価したことだけで、参加者全員の職務発明を台湾法だけで処理できるとは判断できません。日本側の職務発明制度・社内規程との整合は別途検討する事項です。
「改良成果は共有」では決まらない利用条件
共同開発契約では、既存の配合や製法と、新たに生まれる成果を分けます。以下は、架空の材料評価案件について帰属と利用を協議するための区分例です。法定の分類や特定企業の契約条件ではありません。
| 対象 | 帰属とは別に合意する利用条件 |
|---|---|
| 開発開始前から持つ配合・製法 | 評価に必要な使用範囲、改変の可否、契約終了後の利用 |
| 顧客の工程条件・不良解析データ | 日本側で閲覧できる部署、他の顧客案件への転用制限 |
| 新しい添加剤の組合せや処理方法 | 出願の判断・費用、製造販売できる範囲、第三者への許諾 |
| 特許出願しない調整条件・失敗試験の知見 | 秘密管理の担当、追加試験への使用、共同開発終了後の保持 |
営業秘密となる成果にも、独自の帰属規定があります。營業秘密法第4条では、研究開発の委託成果の帰属は契約に従い、定めがなければ受託者に帰属し、出資者は業務上その秘密を使用できます。第5条は、共同研究・開発した営業秘密の持分を契約に従わせ、定めがなければ均等と推定します。「受託者」と、專利法第7条第3項の「発明者等」は同じ文言ではありません。成果をまとめて「知的財産」とだけ書くと、この違いを見落とします。
共有後の利用にも差があります。營業秘密法第6条では、契約に定めがない共有営業秘密の使用・処分には共有者全員の同意が必要で、正当な理由のない同意拒否は認められません。第三者への使用許諾も第7条が全員の同意を求め、正当な理由なく拒否できないとしています。
これに対し、台湾の共有の発明特許権について、專利法第64条は各共有者の自己実施を全員同意の対象から外し、第三者への実施許諾などには全員の同意を求めています。出願権を共有する段階では、第12条により共有者全員で出願します。持分が半分ずつという合意だけでは、誰が出願を進め、誰が製品化し、第三者へどこまで利用を認められるかは決まりません。
契約案では、改良の対象を元の技術との関係で特定し、自社製造、顧客への供給、別の製造委託先での生産をそれぞれ協議します。広い独占権を顧客に認める案なら、対象用途・製品・地域・期間をどう限定するかも交渉事項です。帰属を一方に集める場合でも、他方が必要とする利用権や、出願を取りやめた後の扱いは残ります。
台湾での仲裁、非公開手続と緊急の保全
準拠法は契約を判断する法律、紛争解決条項は争いを扱う場と手続を決めます。台湾の涉外民事法律適用法第20条は、法律行為から生じる債権債務関係の成立・効力について当事者の法選択を認めています。ただし、NDAの準拠法を決めただけで、台湾の特許権や雇用に関する問題まで一括して処理できると考えず、それぞれ適用法を検討します。
台湾で仲裁を行う案なら、仲裁法第1条に従い、法的に和解できる紛争について書面の仲裁合意を設けます。仲裁地、機関と適用規則、手続言語、仲裁人の人数(1人または奇数人)、対象とする紛争を具体化します。NDA、共同開発契約、供給契約で別々の裁判所や仲裁機関を指定していると、一つの評価案件で複数の手続が問題になり得るため、関連契約を並べて整合を取ります。
第23条は、当事者が別に合意しない限り仲裁手続を非公開としています。そこで契約案では、提出する試験データの閲覧者、翻訳者や専門家の守秘義務、提出資料の保存先、手続終了後の取扱いまで定めます。非公開の手続を選ぶことと、参加者全員のデータ管理を具体化することは、それぞれ必要な作業です。
技術の利用や開示を急いで止めたい場合、仲裁人の選任を待てるとは限りません。第39条は、仲裁合意がある当事者による、民事訴訟法に基づく仮差押え・仮処分を予定しています。仲裁開始前に保全が命じられた場合、相手方が申し立てれば、保全を命じた法院は申立人に一定期間内の仲裁申立てを命じなければなりません。適法に訴訟を提起できる場合は、代わりに提訴を命じることもできます。申立人が指定期間内に仲裁を申し立てず、訴訟も提起しなければ、法院は相手方の申立てにより保全の裁定を取り消すことができます。保全が認められるかは別途要件を満たす必要があります。
国外の仲裁を選ぶ場合は、台湾での執行まで考えます。第47条にいう外国仲裁判断は、台湾の法院による承認を経て、確定判決と同じ効力を持ち、執行の根拠となります。承認には第49条・第50条の拒絶事由などの検討があり、外国で勝てばそのまま台湾で執行できるという関係ではありません。
開発を中止する場合にも、保管中の試料、バックアップ、試験記録、既に生産へ使った改良技術が残ります。返却・削除の対象、法令上の保存が必要な資料の例外、その間のアクセス制限、秘密保持義務と利用許諾がいつまで続くかを契約で区別します。評価終了の通知に加えて、残すデータと継続する権利義務を特定できれば、次の開発に同じ技術を使えるかも判断しやすくなります。
台湾側の秘密保持や共同開発契約について相談をご希望の場合は、昊鼎国際法律事務所のパートナー弁護士、曾雋崴(Wei Tseng)へ、まず機密情報を含まない概要をwei@hoveringlaw.com.twにお送りいただけます。台北事務所:103 臺北市大同區承德路一段35號7樓之2。
参考資料
確認日:すべて2026年10月3日(台湾時間)。法令の改正日は、同日に確認した法務部全國法規資料庫の最終改正表示です。
- JSR、台湾に電子材料事業の平坦化プロセス研究拠点を開設。JSR株式会社、2026年4月15日。現地研究拠点の公表内容。
- 營業秘密法・全条文、第2条、第4条、第5条、第6条、第7条。法務部全國法規資料庫、最終改正2020年1月15日。営業秘密の要件、委託・共同開発、共有と使用許諾。
- 智慧財產及商業法院112年度民營訴字第1號民事判決。司法院裁判書システム、2024年3月12日。第一審の公開判決。秘密管理を認めた理由と、侵害の立証不足による請求棄却。
- 專利法・全条文、第7条、第8条、第9条、第12条、第64条。法務部全國法規資料庫、最終改正2022年5月4日。職務発明、委託研究開発、共有出願と共有特許の実施。
- 涉外民事法律適用法第20条。法務部全國法規資料庫。法律行為に基づく債権債務関係の準拠法。
- 仲裁法・全条文(第49条・第50条を含む)、第1条、第23条、第39条、第47条。法務部全國法規資料庫、最終改正2015年12月2日。仲裁合意、非公開手続、保全、外国仲裁判断の承認。
一般的な情報であり、個別案件への法律助言ではありません。資料は2026年10月3日(台湾時間)に確認しました。
よくある質問
- 台湾の顧客とNDAを結べば、渡す資料はすべて営業秘密になりますか。
- NDAの締結だけでは決まりません。台湾の營業秘密法第2条は、その種の情報を通常扱う人々に一般に知られていないこと、秘密性による現実または潜在的な経済的価値、所有者による合理的な秘密保持措置の三要件を求めています。契約上の秘密情報の範囲と、同法上の営業秘密に当たるかは分けて検討します。
- 台湾の顧客が開発費を払う場合、改良技術は顧客のものになりますか。
- 支払いだけでは決まりません。台湾の專利法第7条第3項では、委託研究開発の出願権と特許権は契約に従い、定めがなければ発明者等に帰属し、出資者には実施が認められます。営業秘密となる成果には營業秘密法第4条の別の規定があります。既存技術、新たな発明、評価データ、秘密のノウハウを分けて合意する必要があります。
- 台湾での仲裁を選ぶと、裁判所への仮処分申立てはできませんか。
- 仲裁合意があることだけで排除されるわけではありません。仲裁法第39条は、民事訴訟法上の要件に従う仮差押え・仮処分を予定しています。仲裁開始前に保全が命じられた場合、相手方が申し立てれば、保全を命じた法院は申立人に一定期間内の仲裁申立てを命じなければなりません。適法に訴訟を提起できる場合は、代わりに提訴を命じることもできます。申立人が指定期間内に仲裁を申し立てず、訴訟も提起しなければ、法院は相手方の申立てにより保全の裁定を取り消すことができます。
この記事は一般的な情報提供を目的としたもので、個別の事案についての法的助言ではありません。


