ニュースをきっかけに執筆した記事です。公開日以降に状況や法令が変わっている可能性があります。
台湾企業との覚書(MOU)に「共同開発の正式契約は別途締結する」と書いても、署名時から独占交渉の義務を負う場合があります。台湾法が適用されるなら、文書の名称だけでなく、当事者が何に合意したかに照らして拘束力の範囲を判断します(民法第98条、第153条)。
BioJapan 2026は、10月7日から9日まで横浜で開催されました。台湾経済部産業発展署は10月8日、台湾の啟弘生技と日本のTokiwaBIOの協業を紹介しています。ただし、この発表には契約本文がなく、両社がどの義務を負うかは分かりません。
画像は架空の商談のイメージです。BioJapanの会場や、本文に登場する企業・人物・契約を再現したものではありません。
以下は、展示会で知り合った台湾企業からMOU案を受け取った、日本のバイオ企業を想定した例です。日本側は技術と予算をまだ社内で検討している一方、台湾側は一定期間、他社と同じ案件の交渉をしないよう求めているとします。実在する企業間の交渉や紛争を述べたものではありません。
「正式契約は後日」とする範囲を決める
MOU案の冒頭に「本書は今後の協議の方向性を確認する」とあり、後半に「双方は本案件について独占的に交渉する」と書かれているとします。日本側が文書全体を意向の確認と考え、台湾側が独占交渉だけは約束済みと考えていれば、次の候補先への連絡で認識の違いが表れます。
台湾の民法第98条は、意思表示を解釈するとき、用いられた言葉だけにとらわれず、当事者の真意を探るよう定めています。「覚書」「基本合意書」「MOU」という表題を付けたことだけで、すべての条項が拘束力を持つ、または持たないとは判断できません。
また、第153条では、明示でも黙示でも、双方の意思が一致すれば契約は成立します。必要な点について一致していれば、その他の点をまだ表明していなくても成立が推定されます。細部が残っているから未成立だと考えるのも早計です。ただし、何が必要な点なのか、そもそも現段階で拘束される意思があったのかは、具体的な合意に即して判断します。
一方、当事者が契約に一定の方式を求める合意をした場合、第166条は、その方式が整うまで契約が成立していないと推定します。双方が正式な契約書への署名を本契約の成立条件として留保する場面で関わる規定です。「推定」であり、署名がない限り、どのようなやり取りをしても契約は絶対に成立しないという意味ではありません。
共同開発そのものをまだ約束しないなら、正式契約に留保する事項を具体的にします。開発を実施する義務、資金を拠出する義務、将来の製品を購入する義務まで負うのか、それらは今後合意するのかを分けます。そのうえで、MOUの署名時から拘束力を持たせたい条項を特定し、文書全体の「拘束力を持たない」という記載と矛盾しないようにします。これは合意を明確にするための書き方であり、法律が定める一律の必須条項ではありません。
独占交渉を引き受ける前に、他の商談への影響を読む
この日本企業が、展示会でほかの台湾企業とも面談していた場合、「本案件について他社と交渉しない」という一文は、その後の商談を続けられるかに関わります。特定の開発テーマに限るのか、同じ技術を使う別の製品にも及ぶのかで、引き受ける制約は変わります。
条件を詰めるなら、独占交渉の義務を負う会社、開発テーマ、対象となる取引を明記します。新しい候補先に提案することだけを制限するのか、すでに進んでいる商談や先方からの問い合わせへの対応も含むのか。実際に並行している案件と照合すれば、必要な除外を具体的に話し合えます。「関連会社も含む」という文言を置く場合も、どの会社について、署名する会社が何を約束するのかを確認します。
期間の終わり方も、相手任せにしない方がよいでしょう。「正式契約を締結するまで」とだけ定めると、締結に至らない場合、いつ制約が終わるのかが不明確です。終了日を置く、延長には双方の書面による合意を求める、一定の通知で終了できる条件を設けるなど、案件に合う方法を交渉します。これらは選択肢であり、どの独占交渉条項も有効になるという保証ではありません。
独占交渉をする義務と、最後に共同開発契約を結ぶ義務も分けて書きます。前者だけを引き受けるつもりなら、技術評価や社内承認が整わない場合に本契約の締結を見送れるかを確認します。社内ではまだ承認していないという事情も、相手方に伝え、どの約束の条件とするのか合意しておく必要があります。社内の留保と、相手方と合意した留保は同じではありません。
先に作業を頼むなら、その合意を曖昧にしない
MOUには正式契約を待つと書いていても、日本側の担当者がメールで「この範囲の準備は進めてください」と依頼すれば、その準備について別の合意が成立したかが問題になります。第153条が黙示の合意も認めている以上、判断材料はMOU一通に限られません。
本契約前に限定した作業を頼むなら、依頼する内容、費用を負担する側、上限、着手の承認方法を、その作業について合意します。本契約を結ばなかった場合にも費用を支払うのか、未着手の作業をどう扱うのかも、そこで決められます。反対に、検討資料を受け取るだけの段階なら、作業開始の依頼と受け取られる表現を避け、現時点で依頼している範囲を伝えます。
MOU案とメールの内容が食い違っている場合は、署名前にその箇所を相手と確認します。すでに作業が始まっていれば、これまでの依頼と承諾、費用の説明を残したうえで、今後の作業をどの条件で続けるかを合意します。後からMOUに留保を書き足せば、それまでの約束も消えるとは考えない方がよいでしょう。
交渉がまとまらなかった場合の責任
共同開発の正式契約を結ばなかったことと、すでに負っている独占交渉や費用負担の義務に違反したことは、別の問題です。MOUの一部に契約上の義務が成立していれば、その内容に沿って履行や違反の有無を検討します。
契約が成立しなかった場合でも、台湾民法には交渉段階の責任を定めた第245条の1があります。同条は、契約の重要事項について質問を受けながら悪意で隠したり事実と異なる説明をしたりする行為、相手方から秘密にするよう明示的に求められた情報を故意または重大な過失で漏らす行為、その他明らかに信義誠実に反する行為を対象にしています。
責任が生じるには、相手方が過失なく契約の成立を信頼し、その信頼によって損害を受けたという要件も必要です。採算や技術条件が折り合わず交渉を終えただけで、当然に賠償義務が生じるわけではありません。相手方が費やした準備費用の全額や、共同開発が成功すれば得られたはずの利益を、そのまま請求できるとも限りません。
交渉を終える場合は、どこまで合意し、何が未合意だったかが分かるように、MOUの版、修正案、承認条件を伝えたメールを保存します。終了の通知では、未締結の本契約に関する交渉を終えるのか、別途成立している約束も終了させるのかを区別します。資料の取扱いや精算について残る義務は、その合意に照らして確認します。
台湾法を適用するかは、取引先の所在地だけでは決まらない
ここまでの説明は、台湾法が適用される場合を前提にしています。台湾の涉外民事法律適用法第20条では、法律行為から生じる債権関係の成立と効力について、当事者が選んだ法律によることを原則としています。有効な明示の選択がない場合は、最も密接な関係を持つ法律によるという規律があります。
台湾企業が相手であることや、横浜で署名することだけで、本稿の条文がすべて適用されるとは決まりません。正式契約で準拠法を決める予定でも、先に効力を持たせるMOUの条項について、どの法律を選ぶかを検討します。準拠法の指定と、どの裁判所や仲裁で争うかの指定は別です。また、交渉中の行為など、契約以外の責任にも同じ法律が適用されるかは、別途確認が必要です。
昊鼎国際法律事務所では、台湾法上の契約確認や取引上の法的リスクについて、日本語でご相談いただけます。MOUの署名前に相談を希望する場合は、取引の概要、交渉の段階、署名の予定日を簡潔にまとめて相談窓口へお知らせください。覚書の原文や研究資料など、機密資料の送付方法は事前にご確認ください。
参照資料
- BioJapan主催者・開催情報:開催期間は2026年10月7~9日、会場はパシフィコ横浜。
- 台湾経済部産業発展署・BioJapan台湾館の発表:2026年10月8日公表。同日更新。企業間の協業を紹介した発表であり、契約本文は掲載されていません。
- 台湾法務部・全國法規資料庫:民法第98条、第153条、第166条、第245条の1、民法の沿革。本文で取り上げた規定は施行済みです。第166条は、施行日が未定の第166条の1とは異なります。
- 同・涉外民事法律適用法第20条:法律行為から生じる債権関係の準拠法。
ニュース・法令確認日:2026年10月11日。本稿は台湾法に関する一般情報です。特定のMOUの拘束力や請求の可否は、文書、交渉経緯、適用法を確認して判断する必要があります。日本法が適用される事項は、別途その検討が必要です。
よくある質問
- MOUという名称なら、法的な義務は生じませんか。
- 名称だけでは決まりません。台湾法が適用される場合、民法第98条と第153条に照らし、当事者の真意と合意内容を確認します。正式な共同開発契約を将来の交渉に委ねながら、独占交渉などの特定事項について先に義務を負う合意も考えられます。
- 正式契約への署名を成立条件にすれば、それまで契約は成立しませんか。
- 台湾民法第166条は、当事者が一定の方式を約定したとき、その方式が整うまでは契約が成立していないと推定します。絶対的な不成立を定めた規定ではありません。留保の対象が本契約だけなのか、MOU内の個別の約束にも及ぶのかを、文面と交渉経緯から確認する必要があります。
- 正式契約の交渉を打ち切ると、台湾企業に損害賠償を払うことになりますか。
- 打切りだけで当然に責任が生じるわけではありません。台湾民法第245条の1には、契約が成立しなかった場合の一定の不誠実な交渉行為と、相手方の過失のない信頼、その信頼による損害などの要件があります。すでに成立している独占交渉や費用負担の約束への違反は、別に検討します。
この記事は一般的な情報提供を目的としたもので、個別の事案についての法的助言ではありません。



