東京応化工業は海外拠点の案内で、台湾東應化股份有限公司が半導体用フォトレジストなどを製造・販売し、苗栗県に銅鑼工場を置くと公表しています(2026年10月4日確認)。この案内は同社の労働組合や交渉の状況には触れていません。台湾に製造拠点を持つ日系企業で、仮に現地の組合から団体協約の交渉を文書で求められた場合、誰が交渉資格を持ち、台湾子会社がいつ何を返すかは台湾法で判断します。
團體協約法第6条は、労使双方に誠実な交渉を求めます。資格のある相手方から書面で交渉を求められたのに、60日以内に対案を出して交渉しなかった場合は、正当な理由のない拒否とされる類型です。日本本社の承認に時間がかかる組織では、この60日を「承認完了の期限」と取り違えず、対案と交渉を進める期限として扱う必要があります。
企業工会の交渉資格に過半数要件はない
台湾の工會法第6条は、同じ工場、事業単位などの労働者が組織する企業工会のほか、産業工会と職業工会を定めています。第11条は、工会の設立にあたり、30人以上の労働者が連名で発起することを求めます。この設立要件と、団体協約の交渉資格を判定する人数基準は別です。
團體協約法第6条第3項は、企業工会をそのまま交渉資格のある労働側当事者に挙げています。企業工会の組合員が従業員の半数を超えることは求めていません。一方、産業工会には、その使用者に雇われる組合員が使用者の全労働者の半数を超えるなど、別の基準があります。複数組合の合算や裁決による資格認定の経路もあります。交渉申入れを受けた会社が調べるべきなのは「組合員が少ないから対応しない」という結論ではなく、組合の種類、対象となる雇用主、法定の資格経路です。
製造部門と開発部門で雇用主が違う場合や、販売会社と工場運営会社が別法人である場合は、申入書に記された相手方を登記上の社名、雇用契約、給与支払主体と照らします。これは実務上の照合です。日本側の親会社が予算を決めるという事実だけで、台湾側の雇用主に届いた交渉申入れが親会社宛てに置き換わるわけではありません。複数の法人や組合が関係するなら、第6条第4項の交渉代表の選出規定も検討対象になります。
「会議の日程調整」と「対案の提出」は違う
第6条第2項は、資格のある相手方が交渉を求めたときに、合理的で適切な内容・日時・場所・方法での交渉を拒むこと、書面通知から60日以内に対案を出して交渉しないこと、交渉に必要な資料の提供を拒むことを、正当な理由のない拒否として挙げています。労働部の2025年12月9日付発表も、会議の日時を口頭で調整していても正式な対案を提出しなかった事例を、不当労働行為となり得る類型として紹介しています。
台湾子会社が申入書を受領した日は、メールの到達記録や書面の受領記録で確かめます。組合の案が交代勤務、手当、配置転換など複数の項目に分かれているなら、承諾できるもの、代替案があるもの、資料確認を要するものを文面で区別できます。交渉を開始したと述べるだけで、各項目への立場が空白のままなら、対案を出したとは説明しにくくなります。相手案を全面的に受け入れる義務と、誠実に交渉する義務は同じではありません。
交渉の経過は、出席者の肩書だけでなく、何を提案し、どの点について追加資料を求め、次回までに誰が回答すると合意したかを残す方が、後から経緯を追えます。労働部の「團體協約之協商會議注意事項」に関する発表は、代表の選任、会議頻度、議事録、資料請求と交渉事項との関連、合理的な回答期間を協議の運営事項として挙げています。行政上の運営指針と法律上の義務は区別しつつ、記録の取り方には参考になります。
日本本社の承認経路は、交渉代表の権限と結び付く
台湾の交渉担当者が「本社に聞かなければ何も答えられない」という状態で会議に出ると、何を決められる人なのかが相手には分かりません。日系グループでは、日本本社が給与原資や人員計画を承認することがあります。しかし台湾の使用者が交渉当事者となる場合、社内決裁の順序だけで台湾法上の応答義務を止められるとは限りません。労働部の2025年の発表は、交渉で合意に至った後、取締役会(董事会)などが合意内容を否決したことを理由に署名を拒む類型も挙げ、交渉代表の授権を問題にしています。
現地法人は、賃金総額についての上限だけを伝えるのか、各手当の配分まで交渉できるのか、配置転換の案を誰が承認するのかを、交渉前に社内で決めておけます。承認が必要な条件は初めから組合に示し、暫定的な方向性と最終合意を議事録で書き分けます。本社への説明資料も、組合に示した条件と同じ版で管理すると、後の承認段階で別の数字が現れる事態を避けられます。これは条文に書かれた一律の手順ではなく、授権のずれを防ぐための運用です。
団体協約そのものは、團體協約法第2条がいう書面契約です。交渉担当者間の一致が直ちに完成した団体協約になるとは限りません。組合または使用者団体が団体名義で署名する場合には、第9条に定める章程や会員の決議・同意の手続も確認します。会議での了解、社内承認、書面の締結を同じ「合意」と呼ばず、それぞれの段階を記録することが必要です。
技術情報が混じる資料請求にも、応答の範囲がある
半導体材料の工場では、原価の内訳や稼働計画に、顧客名、配合、歩留まりなどの機密情報が混じり得ます。仮に組合が交代勤務の変更理由を問うなら、どの資料がその労働条件の協議に必要かが先に争点になります。團體協約法第6条第2項第3号は「交渉に必要な資料」の提供拒否を挙げており、会社の全資料の開示を命じているわけではありません。他方、秘密情報を含むという一語だけで、関連する説明をすべて拒むのも同条との関係で問題になり得ます。
第7条は、協議のために資料を提供する側が、相手に秘密保持と必要費用の支払いを求められると定めます。資料の用途、閲覧者、複写の扱いを協議し、交渉事項に関係する数値と顧客固有の技術情報を分けて提示する方法が考えられます。どの範囲が必要資料か、伏せた部分が判断を妨げないかは、請求の目的と資料の内容で変わります。争点が残るなら、拒否理由と代替資料の提案を文面に残す方が、ただ「営業秘密」と返すより議論が進みます。
半導体企業の公開裁決で争われた交渉の経過
台湾の半導体企業についても、団体協約の協議が裁決の対象になった記録があります。最高行政法院110年度上字第195号判決(2023年1月31日)は、臺灣美光晶圓科技股份有限公司と同社の企業工会に関する別件の経過として、労働部の106年勞裁字第55号裁決が、団体協約の交渉期間における團體協約法第6条第1項・第2項第2号の不誠実な交渉を認定したと記しています。これは当時の公表された認定であり、現在の同社の労使関係を示すものではありません。
同じ最高行政法院判決が直接判断したのは、その後の解雇について、桃園市政府が勞資爭議處理法第8条違反を理由に同法第62条第1項などに基づいて科した行政上の過料(台湾法上の「罰鍰」)の処分です。裁判所は、進行中の裁決事件と、工場の入退場管理規則への違反を理由とする人事措置の基礎事実を区別し、この過料処分を取り消しました。判決は工場の保安や営業秘密を守る利益にも言及しています。一方、解雇を工會法第35条違反と認定した別の裁決については、上訴が棄却され確定した経過も同判決に記されています。過料処分の取消しを、解雇に関する裁決や106年勞裁字第55号の交渉に関する裁決が取り消されたという意味に読み替えることはできません。工会活動への不利益取扱い、団体協約交渉の誠実性、裁決期間中の行為の制限は、適用条文と対象行為を分けて読む必要があります。
裁決の対象は、合意できなかったこと自体ではない
工會法第35条は、組合の結成・加入・活動や団体交渉への参加を理由とする解雇、降格、減給などの不利益取扱い、組合活動への不当な干渉を禁じます。交渉担当者の配置や評価を変える場合も、業務上の理由、決定の時期、同じ基準の適用状況を検討することになります。同条第2項は、第1項に違反して行った解雇、降格、減給を無効とします。
勞資爭議處理法第51条は、工會法第35条第1項や團體協約法第6条第1項を根拠とする不当労働行為の裁決申請について定め、第39条の90日の申請期間などを準用しています。中央主管機関の裁決では、一定の行為をすること、またはしないことを命じることもできます。期限の起算や申請の対象は行為ごとに確認が必要です。裁決は、会社と組合のすべての条件を代わりに決めてくれる交渉ではありません。
また、調解・仲裁・裁決の期間には、同法第8条が、その争議事件を理由とする使用者側の事業停止、労働契約の終了その他の不利益行為と、労働者側の争議行為を制限します。どの人事措置も一律に禁止されるという読み方は、前述の最高行政法院判決と合いません。ストライキの手続は台湾子会社の賃金交渉とストライキ投票で扱っています。ここで問題にしているのは、その前段階にある交渉申入れと会社の応答です。
仮に日本の装置メーカーの台湾子会社が、夜間保守担当者の勤務表と出張手当について、企業工会から団体協約案を受け取ったとします。実在の企業の事例ではありません。台湾子会社は、受領日と組合の交渉資格を確認し、勤務表の提案と手当の対案を準備します。予算を日本本社が決めるなら、現地の代表がどこまで回答できるかを社内で定め、未決の項目と回答予定を組合に明示します。必要資料に顧客の技術情報が混じるときは、交渉目的との関係、秘密保持、別資料で説明できる範囲を協議します。こうした経過が文書に残っていれば、後から「会議は開いたが何も答えなかった」という争点を具体的に検証できます。
台湾子会社の団体交渉の範囲や資料提供について相談をご希望の場合は、昊鼎国際法律事務所のパートナー弁護士、曾雋崴(Wei Tseng)へ、まず機密情報を含まない概要をwei@hoveringlaw.com.twにお送りいただけます。台北事務所:103 臺北市大同區承德路一段35號7樓之2。
参考資料
以下の資料は2026年10月4日(台湾時間)に最終確認しました。
- 東京応化工業「海外拠点」:台湾東應化股份有限公司の事業と銅鑼工場。掲載日の表示なし。
- 工會法第6条、第11条、第35条:法務部・全國法規資料庫。最終改正日2022年11月30日。
- 團體協約法第2条、第6条、第7条、第9条:法務部・全國法規資料庫。最終改正日2015年7月1日。
- 勞資爭議處理法第8条、第39条、第51条、第62条:法務部・全國法規資料庫。最終改正日2021年4月28日。
- 労働部「雇主應善盡與工會誠信協商義務,避免因違反誠信協商規定而受罰。」:2025年12月9日。交渉に関する不当労働行為の類型。
- 労働部「勞動部發布『團體協約之協商會議注意事項』」:2022年11月18日。交渉会議の運営に関する案内。
- 最高行政法院110年度上字第195号判決:2023年1月31日。106年勞裁字第55号への言及、解雇に関する別の裁決の経過、勞資爭議處理法第8条違反を理由とする過料処分の取消し。
本稿は一般的な情報であり、個別案件への法律意見ではありません。資料最終確認日:2026年10月4日(台湾時間)。
よくある質問
- 台湾の企業工会が従業員の過半数を組織していなければ、団体協約の交渉を断れますか。
- 過半数に満たないという理由だけでは断れません。團體協約法第6条第3項第1号は企業工会を交渉資格のある労働側当事者に挙げ、同号には過半数要件がありません。産業工会などには別の資格基準があるため、まず組合の種類と相手方を確認します。
- 日本本社の承認が出るまで、台湾子会社は対案を出さなくてもよいですか。
- 本社の内部決裁待ちだけで法定の交渉義務が止まるとはいえません。資格のある相手方から団体協約交渉の書面通知を受けた場合、團體協約法第6条第2項第2号は、60日以内に対案を出し、交渉することを求めています。決裁が必要な項目と現地で回答できる項目を区別し、権限の範囲を相手に伝える必要があります。
- 製造原価や顧客情報が含まれる資料は、組合から求められればすべて渡す義務がありますか。
- すべての社内資料を渡す規定ではありません。團體協約法第6条第2項第3号が対象とするのは交渉に必要な資料です。第7条は、資料を提供する側が相手方に秘密保持と必要費用の支払いを求められると定めています。必要性と開示範囲を個別に検討し、機密性だけを理由に一律に応答を拒まないことが重要です。
この記事は一般的な情報提供を目的としたもので、個別の事案についての法的助言ではありません。


